セーター

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セーター

ジーンズを買った。試着の時は入った。今、自室の鏡を目の前にして躍起になっている。あーあの時は薄いシャツを合わせていたから、インしても入ったんだなと思いだし、トレーナーをジーンズから出してなんとかファスナーを上げた。少し苦しい。…いや訂正する。かなり苦しい。昼ご飯を入れる隙がないかもしれない。 困った。今から出かけるのに。この時間に出るということは確実に昼ご飯も予定に入っているということなのに。 参った。久しぶりに会えるからと、少しでも見栄を張ろうとしていた自分の心に。 鏡に映る自分は、なんとか履けたジーンズが似合っているのか似合っていないのか、無理しているのか無理していないのか。いや、無理してる。だいぶ。 でも今日はこれを履いていくと決めたのだし、カッコいいところを見てほしい。カッコいいところなんて、そう思ってくれるかなんて、こちらからお願いできるわけないんだけれども。 ピコン 床に置きっぱなしにしていたスマホが音でラインの着信を知らせる。 『今日のデートのことなんだけどさ』 送信先の主は今日の昼ご飯の相手。もとい、デート相手。もとい、カッコつけてサイズを下げたジーンズを履かせた張本人。もとい、俺の好きな人。 『ホテルのビュッフェの割引チケット貰ったの!URL送るね。スイの大好きなハンバーグが有名なんだって。』 楽しそうな文面と一緒にいかにも美味しい料理を出しそうな外観のレストランの写真も添付されてきた。 ハンバーグは確かに好き。毎日でも食べたいくらいに。でも今日のコンディションでは食べられるかどうか。 ジーンズを脱いでいつものに変えるか。でもそれじゃ味気ない。でもハンバーグのため、うう、なんでこんなに悩まなくちゃいけないんだ。ジーンズ、ハンバーグ、ジーンズ… 「いつも時間前だね。」  彼女の最寄り駅前のベンチに座っていたらすぐに声がした。 「今日、デートだって言ったらバイト先の先輩がこれあげるって。すっごくいい先輩なんだー。」  ありがとう、彼女のバイト先の先輩。恨むぞ、彼女のバイト先の先輩。 「それにしても今日は珍しい格好しているんだね。」  そう言って、彼女はまじまじと俺の格好を見る。どうやら卸したてのジーンズに気が付いたらしい。 「セーターなんて持ってたんだね。なんか意外、いっつもジャケットなのに。」  ジーンズかハンバーグか迷った挙句に俺がしたことは、ファスナー部分がうまく隠れる服を着ることだった。 ジーンズを買ったついでのワゴンセールされていたセーター。○○○○円以上の会計で次回使えるクーポン券がもらえるから買ったのであって、よく見て買ったわけではなかった。普通のものよりゆったりめに作られているなと思ったくらいだった。今はそれが大いに役に立った。 出来ることなら、ファスナーを下げなくてもいいように。というか、それが彼女にバレたらと思うとゾッとするが、なんでだろうか、このジーンズをどうしても履いた姿を見せたかった。見てほしかった。 「デニムもよく似合っているね。」 今はもう、ジーンズとは言わないらしい。自分から言わなくてよかった。 褒めてもらえてよかった。
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