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21.八割くらいの認証
正直なところ、非常に行き辛い。しかし行かないという選択肢はもはや無い。行くしかないのだ。
その日。生まれてからずっと育った街に、翔子は帰ってきた。大きな結果を出したのだから、凱旋と言っても良いだろう。
「うー」
翔子は恩人である狐乃音の忠告を素直に受けて、重い腰を上げて遂に実家に帰省することにしたのだ。
それは過去に決別するためではなくて、忘れてきたものを取り戻すようなこと。これからの未来のために必要な措置。
翔子の中に最後まで残った闇を消し去るための里帰り。つまりはギクシャクした関係の両親と、対話を行うのだ。
「しょーたろさん、大丈夫ですよ。リラックスしてください」
「そうだといいんだけど」
翔子は一人ではない。とても心強い味方がすぐ側にいてくれている。
翔子が首に巻いているもこもこしたマフラーがそれ。狐色をした尻尾のような形状の暖かそうなそれは、まさに狐乃音が擬態したものだった。時々ふさふさと揺れている。
「親父と殴り合いにならないことを祈りたいけど」
「お、穏便にですよ!」
「んー。これでも一応アイドルだから、ド突き合いになるにしても顔だけは守らないとね。ガスマスクでも持ってくりゃよかったかな」
「暴力はいけません!」
電車に揺られて早数時間。やっとのことで着いた先。
翔子の実家は居酒屋をやっていて、店舗の裏に住居が隣接していた。そんなわけで玄関の方に回ってみたのだが。
「うん?」
ドアには張り紙。
翔子へ。店にいるからそっちに来て、とのこと。母の筆跡だ。
そんな訳なので改めて店の方に行くと、そこにはまたまた張り紙。本日貸し切り。とのこと。
「は? 貸し切りだ?」
今まで貸し切りにしたことなんてなかったのに、どういうことだろう?
翔子は少し首を傾げながらも、引き戸をそろそろと開いた。
「っ!?」
その瞬間。待ちかまえていたかのように、ぱんぱんとパーティークラッカーがいくつも炸裂。店の中には見知った顔が何人もいて大満員。同級生、友達、ご近所さんと大勢。
「お帰り!」
「しょーちゃんスターダストステージ優勝おめでとう!」
「最高だったよ!」
「しょーたろはこの街の誇りだよ!」
万雷の拍手。
身構えていた翔子とは対照的に、大いに歓迎されていた。
母もいて、父は……しかめっ面でばつが悪そうだけど、拍手はしてくれていた。
「……な、何なんこれ?」
久しぶりに帰るからと母に電話して伝えたところ、こんなことになっていた。
「もう……。あなたもお父さんも、人の話を全然聞かないんだから」
母は、仕方がないわねと言いたそうに、呆れたような微笑みを見せていた。
「え?」
「素直になれないお父さんと意地になってるあなたは売り言葉に買い言葉で怒鳴り合いの大喧嘩をして、アイドル活動に反対されたと思いこんでそのまま出て行ってしまったんだもの」
「……そ、そうだったん?」
「で、行く先も教えずに出て行っちゃったものだから、捜索届けでも出そうと思ったわよ。そしたらお父さんが、そんなもん出すな。放っておけってものすごい剣幕で言うから……」
「……」
「ほら。ご覧なさい。お父さんの様子を」
「へ?」
母に促されて視線を変える。誰かがリモコンを操作してくれて、店の片隅に置いてあるテレビに映像が流れ始めた。
それは数日前のこと。スターダストステージ本番中の店内の様子。歌声から察するに、翔子が三曲目を歌っているところのようだ。
「は?」
なんと、あのしかめっ面の親父が翔子の名前が入った法被を着て、興奮したようにサイリウムをぶん回している。
そして翔子が歌い終えたら絶叫をあげて、感動したのか泣きじゃくっていた。最高だ! 歌もダンスもすげぇ上手くなったじゃねーか! こいつは優勝間違いなしだろ! とか、滅多に褒めない親父が信じられないようなことを口走っていた。
「お、おぉぉ……」
翔子は呆気にとられていた。あの頑固親父がこんなはっちゃけるとは。夢かよと思った。
「お、親父。その……」
「ま、まあ……! 悪くなかったんじゃねーか!? なんせ最優秀賞なんだからよ! ……だがなぁ! まだ俺は完全にお前を認めたわけじゃねえぞ! まだ八割くれぇだ! あ、赤白歌合戦にでも出られなきゃ百パーにはならねーからな!」
「……なんだそりゃ!」
これでは深刻な顔して闇落ちしていた自分がアホみたいだと、翔子は天を仰いだのだった。認めてくれていたのがわかったから、よかったのだけれども。
「ところでさ。その言葉、嘘じゃねーよな? 出たら認めるって!」
「おうよ! 出られるものなら出てみやがれ!」
「おぉう! やったろーじゃんかよ!」
そして翔子はそう遠くない未来に、出演することになるのだった。
大晦日にやってる国民的な歌番組に!
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