国と都市伝説と包帯

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国と都市伝説と包帯

「やあ、包帯カップルのお二人さん…」 遠くから声が聞こえる。 「私ですよ。あの話題の男ですよほら…」 声がだんだんとハッキリとしてくる。 「解禁男、とでもいいましょうか?ふふ」 目を剥がすように開けていくと、目の前に獣の口が見えた。 「お目覚めですか」 「お前は…あの動画の?」 「よくお分かりで。まあ今1番話題の人物ですし、当然ですかね」 獣の口に見慣れることなく、言葉だけが耳に入ってくる。ふと隣に気配を感じる。首を回すと、園子がいた。 「園子!大丈夫か!」 体をゆするが、全く返事がない。 「気を失ってます。無理に動かすと危ないですよ」 「お前、コーチか?」 「これまたよくお分かりで。それと、あなたもあまり動くと危ないですよ?」 "ズキッッ" 「うっ…」 「あなたも園子さんも頭に強い衝撃を受けたんです。ズバリ脳への刺激。これ以上悪化すると、死ぬかもしれませんよ」 頭の破裂的な痛みを耐えながら、 言葉を発する。 「確認したいことはやまほどある…まずお前の言った"ガミコロヤマオオカミ"の情報は…本当なのか…?」 「もちろん、嘘ですよ」 その男は獣の口の部分をベリベリと剥がしていく。あっという間に、見慣れている人間の口が現れた。 「最先端の特殊メイクと、都市伝説をうまく使っただけのことですよ、ふふ」 「もう…取り返しつかないぞ…」 「それが狙いなんですから、当然です。私は本当にあと少しの命なんです。だから願いを叶えようと思って」 「日本を…滅茶苦茶にしたいという願いか?」 その男は沈黙した。目はこちらを向いているが、その奥はどこか遠くを見つめている。そして、ゆっくりと口角が上がっていく。 『私の願いは、  あなたたちを懲らしめることです』 「どういうことだ…なんで…」 「私は、園子さんの中学時代の同級生でした。鈍臭かった私はまわりからいつも馬鹿にされ、苦しい学校生活を送っていました。園子さんはそんな私にも分け隔てなく接してくれたのです。私の隠された靴を一緒に探してくれたこともありました。だから私は生まれ変わって、園子さんに見合う男になろうと決めたんです」 「それで成長していざ園子に会おうとしたら…もう彼氏がいて許せなくて…ってそんな話か…がっかりだよ…嫉妬だけで愚かな行動をしてしまうような…小さいやつだったんだな」 「それだけじゃありません。こんなのは小石にすぎません。私が耐えられなかったのはその後です。1LDK・ペット可・風呂トイレ別。どうですか?思い出しませんか?」 その男の声と、その言葉で、あるひとつのシーンが頭に浮かんできた。 「ヤマドリ不動産…」 「そうです。あなたたち2人が来た、ヤマドリ不動産です。包帯姿の2人を見た時は、驚きました」 「それがなんなんだ…園子も僕も特に変なことはしてないはずだぞ」 「分からないですか?同級生だったんですよ私たちは。2人はあの日出会ったんですよ。久しぶりの出会い。ほら、分かるでしょ?」 「園子が…お前のことを覚えていなかった…」 「さすがのご名答。久しぶりに会えたのに、園子さんは反応ひとつ示さなかった。なんなら軽蔑するように私を見ていたんです。悲しかった。昔の園子さんなら、そんな目は絶対にしない。もう園子さんはいない、じゃあ今の私は一体なんなんだろう。気がつくと私は、あなたたち2人が苦しむ方法を考えていました。そこで思いついたのが"ガミコロヤマオオカミ"の情報解禁だったんです。私に人を殺す度胸なんかはありません。いかに他人の手を使って、自然に行動できるかを考えていました。包帯姿の2人を自然に、被害に合わせる方法を」 「僕らを苦しめるために…国を使ったのか」 「贅沢でしょう?あなたたち2人のために国の情勢を、国民性を、丸ごと使いました。日本はどうなろうと知りません。あなたたち2人が苦しめばそれでいいのですから」 「今すぐ否定しろ…僕たちはいいから、日本を巻き込むな…頼む」 「私はもう何もしません。あなたたちにトドメをさしたりもしません。どこか遠いところに行って、時の流れに身を任せて、癌で死にます」 「待て…園子だけでも…頼む…」 「さようなら。包帯カップルのお二人さん」 その男は家を出て行った。 もう、力は出ない。 ここで園子と僕は、1人の男によって利用された国民性に殺されるのだ。 絶望に暮れていると、慢性的に痛んでいた頭に、キリキリと痛みが増え出した。なんだ。 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。何か、何かが来る。起きる。何かが。何かが… "ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオ" 遠く東の空から、 地を揺るがすような唸り声が聞こえた。
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