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「どうしてあの人が俺たちの邪魔をするのかは、分かりません。ただ、一つだけ分かることがあるのです」
アーネストはセイディの方に一歩を踏み出し、そう告げる。その後、彼は「……貴女の、正体です」と静かな声で告げてきた。自身の、正体。自分はオフラハティ子爵家で生まれた、ただの聖女だ。いや、違う。……多分、アーネストが言っているのは。
「……お母様のこと、ですか?」
ゆっくりとそう問いかければ、アーネストは「そうですよ」と言ってにっこりとしたような表情を作った。
「貴女の母上の正体が分かれば、おのずと貴女の正体も分かりました。……だって、顔がそっくりですから」
そう言われ、セイディの少しだけ心が揺らぐ。記憶にない実母。ずっと、ずっと知りたいと思っていた。その所為で、胸の中が疼く。その躊躇いを知ったからなのか、アーネストはセイディに手を差し出してくる。
「俺は、貴女に揺さぶりをかけます。……もしも、貴女の母上の正体を教えると言えば、貴女は何を差し出せますか?」
凛とした、狂気の籠った声だった。その言葉に、セイディの心がまだ揺れる。……でも、何も差し出せるものはない。そういう意味を込めてアーネストのことを睨みつければ、彼は「そんな難しく考えなくてもいいですよ」と言う。
「命や身体を差し出せと言っているわけではありません。……何でもいいのです。貴女の宝物、大切な人。本当に、何だっていい」
「……無理です」
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