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この人物は、一体何処まで自分のことを知っているのだろうか。そんなことを思ってしまうが、そんなこと気にしている場合ではない。
「さて、無駄話は終わりにしましょうか。俺は、貴女のことを葬りたい。それだけです」
アーネストはそう言って、セイディの首に手をかける。その動きはゆっくりとしたもの。なのに、逃げる気が失せてしまうような。そんな不可解なもの。いや、きっとこの空間がアーネストの作り出した空間だからだろう。何処までも彼の思い通りになる空間。
「――皇帝陛下のために、俺と俺の婚約者のために。貴女には犠牲になってもらわなくてはならない」
耳元でそんな言葉が聞こえてくる。だからこそ、セイディは思いっきり言ってやった。
「――私は、そう簡単に貴方たちの犠牲になるつもりは、ありませんから」
と。
「私には私の幸せがあります。他者に踏みにじられたくない。……貴方と、一緒です」
凛とした声でそう告げれば、空間が歪んでいく。どうやら、アーネストの作り上げた空間が崩れ始めたのだろう。
(けれど、アーネスト様のことは、ちょっと心配なのよね。ミリウス様とやり合ったと聞いているし……。身体強化の魔法のリミッターを外したみたいだし)
空間が崩れていく中、セイディはふとアーネストのことを心配してしまった。
確かに今、彼の異常なまでの狂気を再認識してしまった。それでも、心配するなという方が、無理だったのかもしれない。アーネスト・イザヤ・ホーエンローエ。何処までも歪んだ、美しき青年。そんな彼が、少しでも救われることを願っているのかもしれない。なんて、それだと――。
(博愛主義者、みたいね。キャラじゃないわ)
セイディは博愛主義者ではない。そのため、その考えはかき消した。自分にだって好き嫌いの感情はあるのだ。そんな、神様みたいに平等に人を愛することは出来ない。ただ、唯一出来ることがある。それは――アーネストやジョシュアの暴走を、しっかりと止めることだろう。
(やってやろうじゃない!)
実際に戦うのはセイディではないが、自分が出来ることは何だってやってやる。その感情を強めながら、セイディは目の前の崩れ落ちていく空間を見つめていた。
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