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それからしばし無言の時間を過ごし、不意にジャックがセイディの目の前でため息をつく。そして、彼は「……あまり、ああいうことはするなよ」と小言を零してきた。その小言は、アシェルを連想させるものだ。そう思いながら、セイディは「ああいうのも、聖女である私の仕事ですから」と軽く笑いながら言葉を返す。
「そうだったとしても、だ。……そもそも、お前は今体調が優れないだろう。無茶をする必要はこれっぽっちもない」
首を横に振りながら、ジャックはそう言う。その声音は優しそうなものであり、彼はきっとセイディの行動を咎めているわけではないのだろう。咎めているのは、体調不良なのにあの行動を取ったことについてだ。それが分かったからこそ、セイディの心が温かくなる。
「……無茶だけは、やっぱりするな」
何度も何度も言い聞かせられるその言葉に、セイディはただ無言で頷いた。無茶なんて、していない。するわけもない。そう言えたらいいのに。生憎と言っていいのか、セイディにそう言えるような冷酷さはない。冷酷な部分はもちろんあるのだろうが、そこまでではないということだ。
「……なぁ、お前は」
「どう、なさいましたか?」
「お前は、どうしてそんなにも人のために無茶をする」
ゆっくりと、心底、不思議そうに。ジャックはそう問いかけてきた。その質問に、セイディは目を丸くしてしまう。人のために無茶をしているわけではない。ただ、与えられた恩を返しているだけだ。自分は見知らずの人に無償の愛を与えられるほど、お人好しではないのだから。自分の命を削ってまでも、人を助けようとは思えない。それでも、恩を返すことだけは必要なのだ。
「……私は、そこまで人のために自分を犠牲にして動いているつもりはありません」
目を閉じて、セイディはただ静かにそう告げる。
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