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「諦めろ。……お前じゃ、俺には勝てねぇよ」
声を荒げるジャレッドに対し、ミリウスはただ冷静に言葉を返し、淡々と攻撃を流す。その光景を見つめながら、セイディはゆっくりと口を開いた。
「――ジャレッド様」
多分、今ジャレッドを正気に戻すために必要なのは、彼を倒すことでも殺すことでもない。誰かの、言葉なのだろう。胸の中にすとんと落ちてきたその可能性を試すために、セイディはジャレッドの目をまっすぐに見つめてそう言う。
「貴方は、私のことを疎んできましたね」
婚約した当初から、ジャレッドはセイディのことを疎んでいた。それはきっと、セイディのことを口うるさい聖女だと思っていたから。他の聖女たちは次期神官長であるジャレッドに媚びへつらっていたが、セイディは違った。間違っていることは間違っていると、言ってしまう性格だったためだ。
「それに、私は特別な感情を抱きませんでした。実家での扱いで、心が冷え切っていたからでしょうね」
凛とした声で、ジャレッドに語りかける。婚約者に蔑ろにされれば、普通の令嬢ならば心が嘆き悲しむだろう。それは、分かる。でも、セイディはそのままの関係を続けた。改善しようとも、彼に近づこうともしなかった。多分、それが失敗なのだろう。
「……今だったら思います。……私とジャレッド様の関係は、変わったんじゃないかって。どちらかが互いに近づこうとすれば、変わったんじゃないかって」
婚約を破棄されて、一番心を占めたのは呆れだった。追放されて安堵したところもあった。今だって、安堵も呆れもある。それは、隠しようのない真実。
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