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side 牧田
「あっ、甲斐先輩!」
俺は、会社の入り口も見える一本道の先に、先輩の後ろ姿を見つけ、駆け足で近寄った。
先輩は俺の声に気がつき振り向いて、小さく笑う。
「おはよう。牧田」
「おはよーっす」
「……お前さぁ、もう27なんだから、挨拶くらいちゃんとしたら?」
「えー、営業行くときはちゃんとしてますよ」
「当たり前だ、バカ」
先輩は俺をゴツっと右手で小突いて、行くぞと言って会社の入り口に向かう。
その後ろ姿を見て、俺の仕事は今日も始まるのだ。
ーー先輩は、甲斐涼介。28歳。俺のひとつ上で、営業部では実質エース。新卒で入社して俺の教育係をしてくれて、以後5年間、毎日一緒に働いている。
「おーい、牧田。お前、こないだの出張の領収書全部出したか?」
「えっ?あー出したと思いますけど?」
「ホテルのやつもか?経理から、宿泊費がないけどいいのかって今、内線があったんだが」
えっ、と、部長の言葉に俺は慌てる。
おーマジか、やべぇ、ホテル代が精算されないのは痛すぎる。
ちょっと待ってください、と部長に猶予をもらい、俺は鞄や財布の中を漁るが見当たらない。
領収書をもらってないはずはないから、間違って捨ててしまったんだろうか。だとしたら最悪だ。
う~とデスク回りで唸っていた俺の元へ、甲斐先輩が首をかしげてやってくる。
「なにしてんだ、牧田」
「先輩……俺、やらかしたみたいです」
「なにを」
「こないだの出張の、領収書……なくしました。最悪……あれ結構高かったのに……」
確かあの日は雨が降ってて、ビジネスホテルが結構いっぱいで、高くなるけど空いてるところに泊まったんだ。……最初から予約していかなかった俺が悪いんだけど。
デスクで項垂れる俺を見て、先輩は、ふと机に重ねられたファイルの中のひとつを手にとった。
「ーーって、これだろ?2週間前の。DDDホテルの領収書」
「!?……えっ?なんで!?」
俺はガバッと立ち上がって、先輩が持っていたファイルを奪って目を通した。
ーーーこれだ。これだよ、一泊二日12000円。
「良かったぁ~~!あっ!部長ー!ありましたぁ!」
「そうかー!だったら昼までに自分で経理に出してこい」
「了解っすー!」
俺は一目散に部長に報告してから、改めて領収書の入ったファイルを見た。
ーーーけど、あれ?なんで?
俺は、隣でクスクス笑う甲斐先輩の存在を思い出し、はっとした。
「あっ、先輩!すみません、めっちゃ助かりました」
「いや、別に。良かったな」
「はい!けど…なんで?ここにあること知ってたんですか?」
俺が先輩を見ながら首をかしげていると、先輩は呆れたようにため息を吐いた。
「覚えてないとはな」
「えっ?俺、なんか、別でやらかしてました?」
「たいしたことじゃないから、まあいいや」
「えっ?えっ?なにそれ、めっちゃ気になるんですけど!」
教えてくださいよ!という俺に、先輩は意地悪そうな目を向けて、自分で考えろと笑いながら言った。
「ほら、さっさと経理に出してこい。事務の浅川さん、チェック厳しいんだから」
「あっ、あーそうっすね、行ってきます!」
先輩の言葉に押されるように俺は別フロアにある経理部に向かおうと歩き出す。
が、その前に、もう一度、先輩の方を振り返って
「先輩、ありがとうございました!けど、あとでなんで知ってたか、教えてくださいよっ」
そう言ったら、先輩はまた面白そうに笑っていた。
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