side 牧田

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ーーー1月。いつのまにか年が明けていた。 会社も年末年始休みが終わり、通常通り営業が再開して、俺は今までと同じように出社している。 以前と少しだけ変わったことは、初めて甲斐先輩の家に行ったあの日から、俺の先輩への気持ちはこれ以上ないほど膨れ上がり、気づいたら週に何度も先輩の家にお邪魔するようになっていた。…先輩の家、俺の家より会社から近いしさ。 別に、先輩から付き合おうと言われたわけでもないし、家に行ってなにか好きあってる者同士がするようなことをするわけでもない。 ただ一緒にごはん食べたり、飲んだり、話したりするだけ。 先輩は特別な用事がない限り、俺を拒まなかった。 俺は、正直なところ、そんな先輩の優しさに完全に甘えていた。 ーーー答えを出してしまったら、もう一緒にはいられなくなる。 そのことをわかっているから、俺はいつまでも核心に触れず、だけど先輩の側にいた。 「おい、牧田いるかー?」 「あっ、はい、います」 名前を呼ばれ、俺は立ち上がり、部長のデスクまで寄って行った。 「なんでしょうか?」 「悪いんだが、明日のBBBセンターとの打ち合わせ、お前、甲斐と一緒に行ってくれないか?」 「えっ?」 先輩と?明日? 俺は別に構わないけど、確かその打ち合わせは部長自ら行く予定だったような… 俺の表情を読んで、部長はいや、それがなと片手を上げながら続けた。 「急に明日から社長と総務部長と俺で出張になってな。いやもっと早く言ってくれればいいものをな…総務部長が伝え忘れていたと。まったく、迷惑な話だよなぁ」 「はぁ…そうっすか…」 確か部長と総務部長は同期で、あまり仲が良くないとの噂があるけど、それで急に…か?まあ、俺にはそのへんの人間関係、よくわかんねぇけど。 ブツブツ文句らしきことを続ける部長に、俺はひとまずストップをかけて、 「あの、わかりました。打ち合わせは俺と甲斐先輩で行きますから」 「おー悪いな。甲斐も明日は空いてると言ってたし、お前たちなら任せられるな。資料、メールで送っておくから、頼んだぞ」 「はい、かしこまりました」 俺は軽く頭を下げて、デスクに戻る。明日は朝イチで別件があるけど、終わってからでも十分間に合う。 ーーー先輩と一緒、か。 新人の頃は毎日先輩について外回りしてたけど、今では担当もバラバラであまり一緒に行動することはない。電話やメールでやり取りとかはするけど。 俺は、久しぶりに先輩と一緒に仕事できることへの喜びも感じ、なぜかわくわくしながら部長からの資料に目を通した。 ***** 「それでは、本日はありがとうございました」 翌日、俺は部長に頼まれた通り、甲斐先輩と一緒にBBBセンターの打ち合わせを担当した。 打ち合わせ自体はうまくいき、次回の予定もちゃんと取り付けて、解散となった。 「っあーー終わったー」 「お疲れ。急だったのに、よく資料読みこんでたな」 「そりゃ勿論!だって久しぶりの先輩との仕事ですよ?こいつ、新人のときから成長してねーわって思われたら嫌じゃないっすか」 「ふぅん、いい心構えだな」 外を2人で歩きながら、俺はつい新人の頃を思い出す。先輩は、失敗ばかりする俺をいつもフォローしてくれていた。…あ、いや、それは今もか。 ーーー今日は木曜で、明日は金曜日だ。もし予定がなければ、また一緒に過ごしたい。 「先輩」 「うん?」 「あの、明日ーーー」 「あれっ?もしかして、甲斐さんですか?」 俺が先輩に話しかけようとしたその時、俺たちの背後から、女性の声がした。 振り返った俺たちを見て、その女性は微笑みながら小走りで近寄ってきた。 「お久しぶりですね、私、GGG社の森です」 「ーーーあ……」 先輩は彼女を見て、驚いている。 ーーー森?………それって、もしかして。 俺が記憶を遡り切る前に、先輩は彼女に話しかけた。 「久しぶり……だな。1年ぶりか?」 「甲斐さんと別れて以来だから、それくらいかな?」 彼女は、小さく笑って先輩を見ている。 ーーー俺は、彼女の急な出現に、言葉をなくして立ち尽くしていた。 ーーー1年くらい前に、先輩が少しだけ付き合ったと言っていた、あの人だ。 すると、彼女は俺の方をチラッと見て、あ、ごめんね、と言った。 「仕事中だよね?」 「あぁ、一応」 「私は今日、有休で…休みなんだ。ねぇ、良かったら久しぶりに夜、ごはんでも行かない?」 「え?」 ーーーーえっ? なに言ってんだ、この女。 別れた彼氏に偶然会ったからって、こんなに堂々とデートに誘うか普通!? 俺は思わず先輩を見ると、先輩は困ったような顔で立ちすくんでいる。 「あ…あの、森さん?すみません、今、一応勤務中ですので………」 俺は黙っていられなくなり、とうとう口が出てしまった。先輩が、牧田、と小さく呟く声が聞こえた。 「…あ、あー!そっか。牧田さん?あれ、なんか雰囲気変わりました?久しぶりだからかなー?ちょっとわかんなかったです」 「あ、いや…」 「そうですよね、すみません、お仕事中に。甲斐さん、じゃああとでラインしますね?番号とか変わってませんよね?」 「えっ…あぁ、まあ」 「じゃあ、ごはん行きましょ!連絡しますね、お疲れ様ですっ」 ーーーーって、おい!ちょっと待て! 彼女はそれだけ先輩に言い残して、足早に去っていった。いや、いやいやいや、なんなんだほんとに、あの女。 俺はぐるっと先輩の方へ顔を向けた。 「ちょっと、なんすか先輩、あの女!」 「…いや……ああいう奴だったなって」 「……っ!…ごはんとか、行かない、ですよね…?」 俺が消え入りそうな声でそう聞いたとき、先輩のスマホが鳴った。 ーーー嫌な予感。まさか。 「…………舞花」 「!」 ーーー舞花、と呼ぶ先輩の顔を見て、俺は自分の体温が一気に冷えていくのを感じた。
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