無敵の人――家庭内モンスターとの四十年戦争

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 ある頃、アパートを訪ねても何の反応もないことが何日か続いた。ただの居留守か、病気で倒れているのか分からず、アパートの管理会社に連絡して、合鍵で部屋の中に入ってみることになった。  母の部屋は二階。非常階段がベランダ側へのびていて、角部屋だったので手すりを乗り越えてベランダに入ることもできた。  当日、呼び鈴を押してもやはり母は出てこない。合鍵を使って入る前に、ベランダから部屋の中をうかがってみましょうと管理会社の社員から提案があり、まず僕が母の部屋のベランダに回り、次に管理会社の太った社員の人が――。わざわざ〈太った〉という修飾語を使ったのはわけがあって、彼は手すりからジャンプしてベランダに着地したとき、ベランダの床を踏み抜いた。  彼にケガはなかったようだが、なぜか床の修理代は僕が弁償しろと別の女性社員が主張してきた。  「あなたが私たちに依頼しなければベランダの床が抜けることはなかったのですから」  「いやいや、実際踏み抜いたのはそちらだし」  当初の目的を忘れて、僕らはベランダの上で口論を始めた。いつのまにか母が部屋の中から興味津々の様子でこちらをうかがっていた。やはり母は居留守を使っていた。なお、ベランダの床の修理代は結局大家が負担することになったそうだ。
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