無敵の人――家庭内モンスターとの四十年戦争

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 父は請け負いの溶接工だった。溶接工の職業病ということで、父は若い頃から耳が少し遠かった。市営団地住まいでお金に余裕なんてあるわけないのに、父は休日は朝から酒を飲み、競馬に競輪、ギャンブルにのめり込み、いつも職場の同僚にお金を貸していた。貸したお金は帰ってこないことも多かったようだ。  だから母はいつも怒っていた。母の気まぐれで父はしょっちゅう家を追い出されていた。財布を母に握られていた父は仕方なく車の中で夜を明かすしかなかった。(財布を母に握られていて、どうやって人にお金を貸せたのかは今となっては謎だ)  父は酒飲みだったが、母はタバコが好きだった。いつもイライラしてタバコを手放せない、母親としてはあまり歓迎できない人だった。母は何十年経っても富山の家を失ったことが許せず、当時のことを思い出しては、おまえのせいでうちを取られたと父を激しく責めた。酒飲みでギャンブラーではあったけれども、父は温厚な人だったから、どれだけ母に暴言を吐かれても、父は言い返さなかった。父が言い返す人だったらきっと離婚になっていただろうし、それどころか警察沙汰になっていたかもしれない。  僕は父が怒ったのを見たことがない。そんな父から本気で怒ったことがあると聞いたことがある。兄が小学校に上がるとき、母の姉夫婦から豚革のランドセルを贈られて、父はさすがに、  「あんたたちは自分の子どもにも豚革のランドセルを背負わせるのか!」  と声を張り上げたそうだ。裏革に豚革を使ったランドセルがあるのは知ってるが、表革に豚革を使ったランドセルなんて代物が存在したこと自体に僕は驚いた。今思えば、母方の親戚には変わった人が多かった。母のもう一人の姉は趣味が裁判だったというし。
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