無敵の人――家庭内モンスターとの四十年戦争

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 僕はずっと母を怒りっぽい人だと思っていた。僕が大学受験のとき、うちに金はないから国立大学に合格できなければ就職しろと脅されたが、母ならそう言うだろうなと思っただけだった。幸い僕は地元の国立大学に合格した。実家を出て一人暮らしを始め、卒業後は地元の高校の教員になった。  一番ひどかったというか情けなかったのは、会ってほしい人がいると言って妻となる女性を両親の住む家に連れていったときだ。その家は父が現場仕事を頑張ってお金を貯めて、三島の北隣の裾野市内に買った一軒家。  交際中の彼女は優しくて、僕が左目を失明していると聞いても変な目で見なかったどころか、  「私があなたの左目になってあげる」  と言ってくれるような人だった。  彼女は三姉妹の末っ子だった。姉二人はすでに他家に嫁ぎ夫の名字に変わっている。だから彼女の名字を名乗ることも考えていると僕が話した途端、母の頭の中のスイッチが入ってしまい、般若さながらの表情になって僕らを罵倒し始めた。母の罵倒が止まらないので、今日はもう帰った方がいいと父に言われて僕らは両親の家から逃げるように出ていった。
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