王よ覚悟!

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事の発端は、()国の王妃が、散歩中、転んで頭を打ったことだった。 王妃は、気を失ったまま、意識が戻らない。 国中から、名医を集めるが、打ち所が悪かったのでしょうか。で、終わってしまう。 このまま、目覚めることがないのではと、皆が、諦めたその時、王妃は、むっくり起き上がり、「ここ、どこ?」と、言ったのだ。 いや、正確には、王妃ではなく、波留、が、言ったのだが……。 波留は、徹夜で仕立てた衣をお得意様へ、届けていた。 街の中心部を流れる河に架かる、石造りの、めがね橋を渡っていた時の事。背後から勢いを付けて来た荷車を避けようと、脇へ寄ったところ、同じく避けた人の波に押され、波留の体は、欄干を越えてしまった。つまり、橋から落ちたのだ。 あっ!と、声を挙げることもなく、気がつけば、ザブンと自分が河へ落ちる音を聞いていた。 ダメだ。と、思う暇もなかった。衣が水を吸い、水底へ沈んで行く。 来週には、琦栄祭(ぎえいさい)が開かれる。街は、いつも以上に人出も多く、準備に沸き立っていた。 国という国を侵略し、民達(たみたち)を、底辺の身分、奴婢(どれい)として拘束し続け、悪政を行う琦国を尊ぶ催しであるのに、皆は、祭り、即ち、琦国の始祖、清順王の生誕日を祝う日を心待にしていた。 この日だけ、酒と米が、配給され、女達は、着飾る事を許されるからだ。 禁止されていた事が、解禁される。沈んでいた街は、華やかで賑やかになっていた。 そんなこともあいまって、波瑠のところへは、仕立ての仕事が、山のように舞い込んで来た。母親と細々と仕立て仕事を請け負っていた波瑠にとっては、祭りまでが、勝負、と言えた。 父は、国境警備の為に、連れていかれ、便りは途絶えている。 属国の奴婢が、命令に逆らうことはできない。波瑠の父親だけではなく、働き盛りの男は、あちらこちらへ、連れて行かれていた。 たった一国の思惑、領土拡大という野望の為に、皆、耐えるしかない惨めな暮らしを課せられていたのだ。 そして、河に落ちた波瑠が、目覚めたのは、まさにその憎むべき、琦国の、それもなぜか王妃の寝室だった。 「あーー、私、もう休んで良いですか?」 波瑠の手を握り、あれこれ心配していた宿敵は、おお!!もちろんだ!!木刀が重かったか、体に負担がかかったか、などと、その端正な顔立ちを、ひきつらせ、 「寝台まで歩けまい」 と言うと、波瑠を抱き上げた。 「ぎゃーー!!やめてーー!助けて!!!」 波瑠の叫びに、悪の根源である男は、そっと寝台へ下ろし、 「では、王妃よ、また、明日、共に過ごそうぞ。勝てるかどうか、楽しみにしておる」 などと、言って、部屋から出ていった。 「あー、もうー、なんで、こうなったんだろう」 波瑠は、憂いた。 目覚めたら、琦国の王妃になっていた。それも、憎き清順王の妻だなんて。 でも……、その王は、確か。 波瑠が知っている限り、清順という王は、千年前の歴史上の人物なのだ──。
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