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「では、本日はこれで」
「もう、戻らなきゃいけないのぉ?」
「当たり前でしょ?王妃が、宦官の部屋に籠ってたら、おかしな噂たてられるわよ?!」
それに、と、光琳は続けた、この部屋を気に入ってなかったろうと。
「だって、凄く特殊じゃない?!壁も柱も、朱いし、ひらひらの布で間仕切ってるし、ぼんぼりみたいな、灯りが、いっぱい灯っているし!」
波瑠は、キョロキョロ見回した。
「こーゆー、乙女っぽい部屋が、夢だったのよ!私は、男だけど、心は乙女なの。でも、厳格な家に育ったから、男らしく、振る舞ってたけど、結局、親と、口論になって家を飛び出したら、勢い転んで頭を打った。気がついたら、光琳になっていた」
ふーん、と、波瑠は、気のない返事をすると、じゃ、戻ると、言って、部屋を出た。
このままいると、私って、可哀想、とか、悲劇的とか、大泣きされる。波瑠だって、同じようなに目にあっているのに。
そんなこと、改めて言われると、波瑠だって、泣けてくる。だから、それが始まる前に、波瑠は、決まって、光琳から逃げるのだった。
「出て行ったか」
続き間の扉が開き、どこか影のある、光琳よりも年上の男が、出てきた。
光琳は、別段驚くわけでもなく、
「あら、宰相様ったら、盗み聞き?」
男に向かって、ケタケタ笑った。
「王妃と子を我らに取り込み、操ろうと思っていたが……先の世では、我らが、陸の勝者となっているのか……」
「でも、それ、千年先の話ですよ?」
「光琳よ、千年先には、でき上がっているのだろう?つまり、きっかけは、今、我らが作れる、と、いうことだ」
宰相と呼ばれた男は、意地悪く口角を上げた。
「はあー、しっかし、驚いた。時を越えたり、体が入れ替わったり、そんなこと、神話の世界の話だと思っていましたよ。宰相様も、よく、気がつきましたね?」
「ああ、実権を握る為、ありとあらゆる書物を紐解いたからなぁ。
光琳よ、このまま、王妃もどきを手なずけておけ」
「はいはい。ですがねぇ、私も、体が入れ代わった振りなんて、馬鹿馬鹿しくて。ちゃんと、見返りはあるんでしょうねぇ?」
「まあ、そのうちな……と、いうよりも、お前次第なのだが?」
「まったく、食えないお人だ」
ははは、と、廊下にまで響く、栄華を夢見る二人の笑い声に、立ちすくむ者がいた。
波瑠だった。
次の授業はいつなのか、確かめるのを忘れていたと、戻って来たのだ。
後から女官に聞けば良いのだろうけど、どうも、人を使うという事は、面映ゆい。
だから、光琳へ直接尋ねていたが、戻ってみると……、とんでもない話を聞いてしまった。
波瑠は、二人に気付かれないよう、その場を立ち去った。
部屋へ続く、回廊を歩んでいるが、混乱から、足元がおぼつかない。頭の中では、何かが、吹き荒れている。
いや、波瑠の頭の中だけではない。生ぬるい風が、回廊を勢い良く吹き抜けた。
ふと見上げた空は、鈍色へと変わって行く。
「……雨が降りそう」
波瑠の予感は、当たった。確かに雨は降り始めた。しかし、それは、空前の豪雨となった。
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