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「あまりお節介が過ぎると年寄りに見えるよ。それにしても何これ、『校内に不審者』『女子生徒がストーカーに襲われた』『学校が隠蔽している疑惑』あとこれ関係ある?『生徒に手を出してる疑惑』って…、これは関係ないんじゃないの。」
後輩のクラスの担任が生徒に手を出してる疑惑あり、というツイートのコピーを束から退ける。
「そうか、一気に調べあげたから混ざったのかもしれないわ。そしてこれ、怪談、都市伝説についての掲示板なんだけど、早速噂になってるみたいよ。」
新たに紙束を取り出す。背景が黒で文字が白という如何にもなサイトだ。
「これだね、『目玉を取る怪物』『目玉を奪う怪物』『目玉をスプーンで』…おっとこれは偶然引っかかった何の関係もないものだな。話が出回った時代が違う。まぁどれもこれも、人気の無い所で遭遇したら目玉を取られるというものだ。凄く単純だけどね。」
「そうだ、例の教祖はどうなったんですか。まさか、その人が目玉を奪って周ってるとかじゃ…、」
「残念ながら彼はもう死んでいたよ。かなり追い詰められていたらしい。最後に遺言めいた文を載せて、発信元を辿って現場に着いてみた時には死体がぶら下がってるんだから参ったよ。」
「なら現在サイトはどうなってるんです?」
「封鎖してあるよ。実害が出ちまった以上そのままにしておく訳にはいかないし、あれはきっと世に出ていい物じゃなかったのさ。」
「でも医学的な証明も出来ていないデタラメな内容だったんでしょう?それがどうして信じてしまう人が出てくるんでしょうか…。」
「世の中には知識が無いのに手前で調べもしない連中がいるのさ。坊に言わせてみれば有象無象かね?あんたも心当たりがあるだろう。」
「そりゃ、まぁ…。家電の事を何でもかんでも俺に訊いてくる近所の爺さんとか…、俺が思うに、それが普通なんじゃないんですかね。」
「へぇ、お爺さん世代はそりゃそうだろう。調べるて言ったって辞書や図書館が主流の世代だもの。他にも親や教師の言った事だからと鵜呑みにする子供だって居るんだから…。でも僕がそう呼ぶのは情報の真偽を確かめないままスマホでゲームとSNSしかしてない様な奴らの事だけど。最近は教科書にもネットの扱い方なんて載ってるのに…、長くなりそうだからこの話題は止めよう。それより今は辻元沙耶華にどう証言を取るかだよ。」
「そうだな。坊くらい綺麗な面なら案外その気になるかもしれないなぁ。」
「止してよおばさんそういうのセクハラって言うんだよ。あー、辻元沙耶華ってキャピキャピ系だったんだっけ…。僕はまだ未成年なのに…。」
「その未成年に山の中を散々連れ回された俺って何なんですかね…。」
「あの時は悪かったって山崎さん、それもう何度言ったか数え切れないよ。」
空気が緩くなってきた。これではいけないと分かっていても連日の緊張で疲れと眠気が襲ってくる。もう二十一時になるらしい。
「あと、何だっけ。辻元沙耶華と仁科瞳に話を訊いて、そうだ、川崎さんについても知りたいし…、」
「え、川崎についても必要なのか?って言ってもあいつは普通のヤツだよ。疑う様な事なんて…。」
「うん。でもね、あの人はあのクラスの事を隠してる。少し踏み込めば直ぐに動揺していたよ。」
山崎さんが気付かない筈はない、と付けたしボイスレコーダーを取り出し再生する。
『――…、先生はどう?犯人はどういう奴だと思う?』
『え?そりゃあ、きっと頭のおかしいなんだ、サイコパスとかそんなんじゃないか?』
『うん、よく分かったよ。性別はどう?』
『男…かな?』
『じゃあ、あのクラスの生徒は疑ってる?』
『…は?生徒?まさかあいつらがそんな事する訳ないだろ、皆普通の学生じゃないか。同級生に傷を負わせるなんて事絶対にしないな。』
『なるほどね、――わかった。最後に訊くけど、仁科さんの事をどう思ってる?』
『仁科か…、大人しい奴だな、とは…。』
『他には?』
『他か…、ううん、特に目立った問題も起こさないし…。辻元から小学校は同じだとは聞いていたからあの事件以降は元気が無い様に見えるな。家も近所で中学は別れたそうだが、それ以上の事は何とも…。』
『そう、それで十分だよ。先生、もう直ぐで終わりそうだ。――』
その場に居る誰もが理解出来ていても予想外の問題に狼狽してしまったのだ。
これは只の生徒間の問題だけではなくなったのだ。否、端から疑うべきだったのだ。それが事件が起こるまで成立していたのだから。
「――あぁ!これだから男は嫌いなんだ!一体何なんだ、この野郎!何が傷を負わせるだなんてだ!巫山戯ているのか!?山崎君、此奴は本当に君の友人か!?こんな奴が本当に君の友人にいるのか!?」
カウンター内のこちらと少々離れた場所で何か作業をしていたであろう柚さんは
何かをぐっと堪える様に息を呑み怒鳴り出す。
「落ち着いて下さい!俺だって驚いてるんですよ!まさか、そんな――、」
「やっぱり、僕の事を子供だと舐めてくれてて助かったよ。こんな出鱈目が通じると思ってる様だ。」
「全くだ!――此奴、知らねぇ振りで通すつもりぞ。あぁ、嫌だ嫌だ!そろそろ切り上げてくれないかい!」
「柳夜君、あとどのくらい掛かるんだ。」
「明日中にはなんとか。主な関係者に話を訊いて、明後日ここに集めてくれるかい。きっと暴れたりする人もいるだろうし、何より仁科瞳と辻元沙耶華に何が起きたのかを明るみに出したい。」
これからの予定を考えると気が重くなる。明日のうちに両名に直接話を訊いて、川崎からも聞き出さなければならない。そして――。
「うん、でだ。川崎は辻元沙耶華と仲が良かったのか?アタシは誰とも会っていないから知らないが、そこが繋がっていたなら、もしそれを仁科瞳が知ったらどうなる。そもそも、もう答えなんて出てるだろう。」
概ね誰が辻元沙耶華の目を抉ったのか、それは分かりきっているのだ。それだけなら非常に簡単だ。だがそれを明かすには絡まった事件が多い。故にそれごと引き摺り出すしかないのだ。
とっくに冷めきった飲みかけの珈琲に砂糖を混ぜる。薬缶からしゅんしゅんと湯の沸く音がする。
「アタシも話す事ならあるぞ。写真を見るまで仁科瞳を知らなかったがね、以前に此処にやってきたぞ。」
僕と山崎さんには予想外でも、彼女はに想定内だったらしい。それでもあの怒り様だったとは。
「ちょっと待ってよ。それ何時の事なの。どうしてずっと黙ってたのさ!」
「どういう事です!」
思わず身を乗り出して問い詰める。そんな重要な事はもっと早く言って欲しかった。
この店に来れるという事は、霊視が出来るという何よりの証明なのだから。
「名前までは知らなかったんだ。偶然追われて来た様だったから二度と来る事はないと思っていたんだ。顔写真を見るまで気付かなかったし、この件と関係してるとは…、」
沸いた湯で新たに珈琲を煎れる。まだまだ今夜は長くなりそうだ。
「あれは確か十一月だったかな、随分慌てた様子だったよ。ただ化けモンに追い回されただけではない様だったな。当時は深くは訊かなかったから直前までに何があったのかはアタシも知らない。この店には稀に迷い込む一般人がいるのは君たちも知っているだろう、そのうちの一人だと思ったんだがね。それについても彼女に訊いておくれよ。」
「他に、まだ何かありませんか?」
山崎が問う。然し彼女がこう云う言い方をする時にはもう自分には語れることがないというのを僕は知っている。
「残念ながらその時はあまり問いたださなかったんだ。まぁ、半分パニック状態みたいなものだったし…暫くすれば落ち着いたから帰したさ。追ってきていたってやつも仁科瞳さんからは離れていったみたいだったからね。」
「いじめに怪異絡みだなんて…、同時に遭いたくない組み合わせですね…。」
そういう山崎はいじめについては知らないが怪異には未だ遭遇していないのである。僕と彼が知り合う切っ掛けも記録に残され幾十年経てば怪異と扱われない事も無い事案だったがそれについて語るにはきっと僕よりも適任がいるだろう。今は店の上階で情報捜索の手伝いか、この時間帯なら向こうの簡易キッチンで何かしているかもしれない。もう何日も会っていないせいで彼女が少し恋しくなってきた。
「あのね、基本見えない人ってね、精神的に弱ってる状態程見えやすくなるんだよ。多くは幻覚で片付けたりもするけどね、今でこそ怪異と幻覚はある程度分離してはいるけど明確な定義は未だに旨くできないのさ。そんな事になったら君が今居るここだって君の幻覚になっちまうんだぜ。」
溜め息混じりに吐き出されるそれは、『こんな場所』でなければ相手は素直に納得できないだろう。
「――仁科瞳は、精神的に追い詰められて『それ』が見えたんだろう?それに追われて、って言うにはきっと幻覚ではない、本物の可能性もあるよ。だってその時期はこの辺、あれがあっただろう。」
あれ。あの教祖だ。
そもそも僕が教祖と呼んだのだって、あれが一種の信仰だったからで――、
「怪異って、人の想念からも発生するよね。」
「まぁそうだが、…可能性としてはどうだろう。信仰自体は全国各地からだろうし…」
「それでも、その信仰の核ならこの辺にいただろう。…もう聴取なんてできないけど。」
時計が鳴る。頭に過ぎる発想と同じ位重苦しい。
頭の中で今手元にあるピースが組み上がる。後は、裏付ける証言と関係者との照らし合わせか――。
「後、他に何かあるかい。」
「今日は、これまでだね。後は明日だ。」
僕と代わり黙り込んでいた山崎が声を上げる。
「あの!何故、信仰?が関わってくるんです?俺は怪異についてもお二人の聞きかじり程度しか知らないもので、俺も知って良い事であれば…その…」
彼の言葉は続かなかったが、意外な言葉に僕も彼女も顔を見合わせてしまった。
「あぁ、山崎くんには話していなかったか。先ず怪異と言ったね。あれは総称にすぎないんだ。何しろパターンが多い。そんな事言ったら妖怪やらもそうなんだがね、大昔から今までずっと居るってものはもう少なくなったからね。近代に新たに発生したものなんて、もう妖怪とも呼ばなくなってしまったし、架空の都市伝説とも境界があやふやになったからね、総称して『怪異』と呼んでいる。ここまではいいかい?」
「えぇ、それを何とか、対処するのがお二人の為さる事でしたっけ。」
「まぁそうだね。でも何でもかんでも退治や調伏はしないさ。人にとって利益を与えるものもいるからね。」
「例えばさ、幼い子どものイマジナリーフレンド。見えないお友達さ。例えば、いつも仲間はずれにされて独りぼっちの子どもがいたとする。その子には他の誰の目にも映らないイマジナリーフレンドがいる。そしてその子の念が強すぎて『それ』が実体を持ってしまったら。君はそれを退治できるかい?」
「それは…出来ませんね。だって、その子にとっては大事な友達なんですし…。」
「うん、そうだね。だからしないよ。それでも他の人間に害が出るならば、まぁ、ね。んで、『それら』を目視できることを霊視と読んでる。妖怪が見える、幽霊が見える、精霊が見える――全部ひっくるめて『見えてしまう』事を指す。」
山崎本人は長く自覚が無かった様だが生まれつき霊視ができる体質なのも僕と知り合ってから知ったらしい。彼自身は怪異やらに思い当たるものに遭遇した事もないらしくなかなかの幸運だと思う。
「でだ、信仰についてだったよね。信仰とは、端的に言えば人と念、さっきのイマジナリーフレンドが実体を取るならば子どもからの念をエネルギー源にするだろう。それと同じく人の信仰をエネルギーにして怪異が発生することがある。多くは無意識的に人間が送ってしまうけど、何も悪い事だけじゃない。良い一面だってあるんだ。でもね、狂乱的なものは現代に於いて少々きついんだ。」
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