第二章 戦闘者のギルド

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 シリウス二世に対する、皇太孫シリウスと戦闘者のギルドによる反乱は、ものの数日で決着を見た。  何しろ、戦うということに関してギルドは強い。それに対する国王軍の方も、シリウス二世の治世には限界を感じていたから、初めから覇気はかった。  若き皇太孫、シリウス・グリジアの語る理想の国家像に共鳴した人々は、喝采とともに彼らを王都へ迎え入れる。  国王シリウス2世斬首。新国王シリウス沙三世即位。  ――誰もが良き時代になると信じて疑わなかった、グリジア王国の新しき世の幕開けである。 「――新宰相って、まだ十五歳の子供なんですって?」  反乱が終結し、新国王が王宮に入って後、母を初め、戦闘者のギルドの者が王都に赴くことは少なくなっていた。戦いと暗殺を生業とする彼らは、表舞台に立つことを望まない。新国王シリウス三世の理想には共感したが、だからといって、国政の表舞台に立とうなどとは微塵も考えない。そもそもが、そういう人種なのだ。 「お前と二つしか違わないのに、かなり大人びた目をしていたな。太刀筋も悪くなかった。あれは将来間違いなく、良い男になるぞ。一度、会ってみるか?」  それで気に入るようなら、嫁に行くといい、と。お気楽そうに言って、女は笑う。自宅の床に長々と寝そべり、手もとにあった焼き菓子をぱりぱりと頬張っている。  テラは腰に手を当て、唇をすぼませながら母を見た。 「寝たままものを飲み食いしちゃあいけませんって、誰かに習わなかった?」  家の外で、どれだけの名声を得ているかなど、関係ない。テラの知るカウラは、言動が子供じみていて、家事能力がなくて――事実、料理も洗濯も、物心ついてからは常にテラが行ってきた――その癖、いざ戦いとなると目の色を変えて飛び出して行く、手のかかるだだっ子のような<女戦士>の姿だ。 「お前、言うことがだんだん年寄りじみてくるな……」 「誰かさんみたいな母親を持つと、娘は早く老けるのよ」  嫁のもらい手がなくなるぞ、とカウラは笑う。そういう当の本人は三十路を過ぎてなお、未だにもらい手が見つかっていないのだが。  やれやれ……と少女は息を吐く。しかし相手にするのも馬鹿らしくなったテラがその場を離れようとした途端、しなやかな腕に背を絡め取られていた。 「ちょ、ちょっと、母さん!」  唐突に娘を抱きしめて、自分と同じ色の髪を、わしわし、とかきわけている。撫でられているというよりは、ひっかきまわされている、という気がしないでもないが、テラはため息をつきながら、母親の腕に、素直に身をもたせかけた。  父親がいないことを、寂しいと思ったことはない。夜、目が覚めて泣いている母を見るのは辛かったけれど――そしてそこにどんな理由があるのか、カウラは絶対に教えてはくれなかったけれど――母と二人、こうして過ごしてきた時間は、決して不幸せではなかったと思えるのだ。 「こんな風に家にいるのも久しぶりなんだ。たまには母親らしいことをしてもいいだろう?」 「――普通の母親は、十三にもなった娘にこんなことしないの!」  ふと、母の手が止まった。頭をかき混ぜていた掌が眦に触れ、頬を包み込んで止まる。テラと目があった時、歴戦の女戦士は、どこか遠いところを見る目をしていた。 「綺麗な目だ」 「母さん?」  テラの瞳は深い翠色をしている。髪の色も肌の色もすべて母親から受け継いだのに、そこだけがカウラとは明確に違う。 「父さんと同じだ。……母さんが、大好きな色だ」  そう言って母は再び、テラの頭をくしゃくしゃにかき乱した。  その一報は、大鷲の羽根に乗り、戦闘者のギルドの中央部へ直接もたらされた。衝撃があまりに大きかったので、ちょうど水面に小石を投げ込んだ時のように、細波はその周辺部にまでも及んだ。 「――何故、シリウス三世が、我々を反逆者扱いする!」 「我々と陛下は、共に戦った同士ではないか。何かの間違いに決まっている」  さすがは王侯貴族様だ、と呟く男がいる。 「奴らの考えそうなことではないか。自分たちの目的の為には人を利用する。利用して、いらなくなったなら――殺す」  待ってくれ、と叫んだ女がいた。鋭く細められた双眸に、怒りとも焦りともつかぬ強い色が浮く。 「……カウラ」 「責任はわたしが取る。この報せが真実ならば、許し難い裏切りだ。だが頼む。まず先に、真偽を確認しに行かせてくれないか」  戦闘者のギルドの頭領を含む幾人かの手練れの戦士達が、王都へ向かうことが、内々のうちに決定する。彼らは皆、先の革命において戦闘に参加し、シリウス三世と――そして新たに宰相に就任したルーカス・グリジアとも面識のある者ばかりであった。 ――しかし、そうして旅だった彼らが、再び故郷の地を踏むことはなかった。  白刃が、弧を描く。倒れ伏した人の上にまた、また新たな死骸がなだれ打つ。  戦乱と戦闘。その中でこそ、この集団は価値を発揮する。だが今ここにある光景は、初めて戦いというものを目にした少女には、あまりにも過酷であった。  少女の母は、王宮でその命を奪われた。自身を反逆者と名指しした王に対し、真偽のほどを確かめに赴いたギルドの人間を、宰相ルーカス・グリジアは話し合いに応じると称して王宮内に招きいれた。そしてその場に、兵を向かわせ誅殺したのだ。  逃げ帰ってきたのは、ただ一人の男のみ、ギルドが彼にことの次第を問いただす間もなく、正式に戦闘者のギルドに対する討伐の命が下された。国軍の主力部隊が、その任にあたる。  戦闘は過酷を極めた。戦うことを生業とするギルドの戦士と。一糸乱れぬ統率のもと、彼らを追いつめる国王軍と。もっともその国王軍に戦闘のいろはを教え込んだのは、他でもないギルドの戦士達であるのだが。 「これが……戦い」  テラはまだ、満年齢で十三に過ぎない。ギルドの多くの娘が成人として任務に赴く、その年齢にはまだ早い。その少女を戦闘の場に連れ出した1人の男は、戦場を見下ろす丘の上で、茫然と立ちすくむ、テラの肩に手を置いた。 「頭領……」  年の頃は、三十半ば。堂々たる体躯に、ほとんど白髪に近い程の銀の髪。手の中で銀色の武具をもてあそびながら、男は深い翠の瞳に、燃え上がる炎を映す。  グリジア王家の裏切りにより、たった一人の母親を失ったテラは、戦闘者のギルドの新たな頭領となった男のもとに引き取られることとなった。そしてその時になって初めて、父なし子を産み落とし、夫となるものを持たずに戦場を駆け続けた女が、彼の情人であったことを知ったのだった。  真偽の程は定かではない。テラが母に問うことは、すでに不可能だ。しかし、戦闘者のギルドの人間が皆、彼女の立場をそのようなものとして見ていたと知って、少女の心は少なからず傷ついた。  この男には、里に妻子がある。――戦士として戦場に立つことは出来ぬ穏やかな性格の妻と、恐らくは次代の頭領を担うであろうと予想される、健全な男子がまでもが。  あれほど誇り高く気高かった母が、一体何を思って情人という立場に甘んじていたのか、正直、よくわからない。 「――よく見ておけ」  それでも、テラがこの男について戦場に行く気になったのは、テラにわからないところをたくさん残していなくなってしまった母からは得られなかった何かを、男が与えてくれるような気がしたからなのかもしれなかった。  一際大きく、炎が揺れた。耳元で渦巻く風の音に、複数の人間の悲鳴が重なる。 「覚えておけ」  とても酷く遠いところを見るように、目を眇めた後、男は少女の耳に口を寄せ、そのまま華奢な背を、握りつぶさんばかりにして抱き寄せる。男の腕の中にあるテラは、身動きひとつせず、ただただ燃え上がる炎と戦場に目を奪われているだけだった。 「忘れるな、この光景を。お前のするべきことはただ1つ。我々を利用し、裏切ったグリジアの人間……お前の母を殺した王と宰相を決して、許すな。お前はただ、それだけを覚えていればいい」
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