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「仕事辞めたい」
今日はやけに静かだなと思っていたら、ダニエルが唐突にそう言った。
「本気? 繁忙期に向けてみんなで頑張ろうってなってるこの時期に?」
そうは言ってもこんなことは前にもあったから、ティムはそこまで驚かない。
「辞めるは言い過ぎたかもしれない、部署を異動したい」
ティムの反応が予想より薄かったのだろう、ダニエルは少し気まずそうに話を軌道修正する。
「異動するとして、例えばどこの部署が良いの?」
「広報とかどうだ? 同期で去年広報に異動したやついるし。あそこだったら室内の仕事も多いだろ?」
ダニエルとティムがいる社内の共用スペースの中は煌々と明かりが灯され暖かいが、大きな窓から見える外は雪が降り始めていた。
冬はこれから本格的になっていく。
「まぁ広報はダニエルの異動先として無しじゃないと思うけどさ」
そう言ったティムの後ろを、大きな荷物を持った人達が忙しなく行き来していた。高い天井の室内は、ざわざわとたくさんの話し声が混ざり合っている。
「昔は外見がどうとかあっただろうけどさ、最近は広報だってほら、なんだっけ。ダイバーなんちゃらとかボディなんとかで、どんな奴にだってなれる可能性あるだろ」
「まぁねぇ」
「あとはなんだっけ、教育とかする部署あるだろ」
「部署としては総務かな。そこで何するの?」
「後進の指導ってやつだな」
「うーん。それはまだ早いんじゃない?」
ティムが本気で話を聞いているように見えなかったのだろう、やれやれ、という風にダニエルは首を軽く振った。
「お前は良いよな、手に職って感じで」
「そう?」
ティムの手は、ダニエルと話ながらも止まることはない。今は何やら紐を持って長さの調整をしているようだ。
足元には、先ほどまで触っていたヤスリが散らばっている。
「ダニエルの仕事だって、誰にでも出来るものじゃないだろ」
それに、とティムが続ける。
「今年は日本だったよね? ダニエル、スカイツリー、だっけ? 見るの楽しみにしてたじゃん。どんな感じだったか教えてよ」
「それはそうだけど......」
確かにその話をした記憶があって言葉に詰まったダニエルは、ティムのちょっと右向いて、という指示に素直に従った。
ティムは真剣な表情でダニエルの首元にメジャーをあてながら、
「天気が良ければ富士山だって見れると思うよ」
と言った。
「ティム、でっかい山好きだよな」
「うん。自然には叶わないって思えるのが良いんだよ」
「へぇ。そんなもんなのか」
ティムとダニエルの話の主題がだんだんと逸れていったその時、一際大きな声が周囲に響き渡った。
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