スーザン 1

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スーザン 1

 もう少し夕日と「話して」いたかった。  それなのに。  周りより一段高い岩のてっぺんに座って、コロラドの広漠とした大地に沈む夕日を見る。  私の一番好きな時間。    赤茶色の岩に埋もれた化石を掘り続け、やっと迎えた一日の終わり。  東の空はすでに紫色がせり上がり、昼の灼けた空気を押し流すひんやりとした風が吹き始めている。  スーザンは後ろで一つに結わえていたヘアゴムを取り、その風に髪を預けた。  物騒な街から遠く隔たっている平穏さと心許なさが、顔を撫でていく。  岩の縞模様をつくる地層は、白亜紀の終わり、ちょうど新生代との境目。  ここに座れば、尻の下で眠る草食恐竜の長い尻尾の骨と、それに食い込む肉食恐竜の鉤爪を感じることができる。少し離れたところに作業用の簡単なテントもあるけれど、その雑然とした場所に足を向ける気分にはならなかった。  私たち以前に、どんな姿の生き物がこの大地で夕日を見送ってきたんだろう。  この星の遠い過去に思いを馳せるには、沈む火を岩山の上でぼうっと眺めるのが一番しっくりくるような気がした。  以前はよく夫と娘が隣にいたが、今はひとり。  私はまるで読みかけの本だ、とスーザンは思う。夫にとって私は、欲しくてたまらなかった本。そして、手に入れたことに安心して、いつでも読めるからいいや、と本棚に放り込まれてしまった本。  娘は娘で「反抗期」という本を手に入れて、「ノー」ばかりが口から転がり出る。  苛々の地雷が敷き詰められている、テント。できれば、ここからあと三十分は離れたくなかった。  それなのに。  それを遮る着信音がスマホから鳴り始めた。
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