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「あ、青井くんって、アイドルとか芸能人とか目指してる、の? ……」
きっとそうに違いない。妹の一番の推しアイドルも、ネットに上げた動画がきっかけで事務所にスカウトされたって言っていた。有名になりたくて自分の姿をネットにアップしている人は多い。
前のめりで聞く僕に青井くんが肩をすくめる。
「そんなわけねーじゃん、仲間とつるんで遊んでるだけだよ」
「そ、そう? でも青井くんカッコいいから、声がかかるかも……」
「バーカ、世の中そんなうまくねーって」
青井くんはそう言って、さっき担任から配られたプリントに向かった。連絡先を書いて提出したら今日はもう帰っていいそうだ。
「桜野もさっさとやれよ~。そんな食いつかれるとさすがに照れるわ」
まだ気になって仕方ない僕は、自分のアカウントで青井くんをフォローして他の動画を見ることにする。だけど検索中に右肩を左にいる青井くんに掴まれた。
「あっ、あっ、あっ、……ごめ、見ちゃ駄目だった?」
「いや。消しゴム忘れたから貸して」
「ははは、はい、ど、どうぞ……」
「サンキュ」
青井くんが素早く文字を消して、消しゴムが僕の机に戻ってくる。
それはうっすらと青くなっていた。見れば青井くんの机もあちこち青い。僕は心の中で首を傾げ、あっと声をあげた。もしかして黒板の青い手形の犯人って……。
「じゃ、俺は帰るからまた明日! 桜野、これからよろしくね!!」
僕の肩を青井くんが叩いて行った。視線をゆっくりと落とす。予想通り、シャツの肩に青い染みができていた。
翌日。登校した僕は、昨日割り当てられたロッカーの前に立っていた。
ロッカーも出席番号順になっていて、僕の真上が青井くんだ。ここも少しだけ青くなっている。昨日青くなった僕のシャツは洗濯しても全然ダメだったけどこれも消えないのかな。試しに指で擦っていたら不意に肩を叩かれて、ひゃっと飛び上がる。
「なにやってんの? そこ俺のロッカーなんだけど」
振り向くと怪訝な顔をした青井くん。僕がどくのを待って、持っていたリュックをロッカーに詰め込んだ。
「……なんだよ、触ったのだめだった?」
青井くんに見られるのに気づいて慌てて自分の肩から目を離す。
「う、ううん……」
「良かった~。俺さっそく桜野に嫌われたかと思ったよ」
「そ、そんなこと、ない……」
意気地のない僕。自分からは何も言い出せない。
「そういえばさ、Ohnoってアカウントお前だろ? コメントスゲーついてたけど俺の動画全部見たのかよ」
青井くんの言葉に昨日の夜の記憶がフラッシュバックする。いつの間にか眠っちゃうまで、ベッドの中で青井くんの動画を繰り返し見ては、かっこよさに震えてた。
「う、うん……格好良くて、……ファ、ファンになっちゃった……」
ありのままを言ってるだけなのに。僕の頬は不必要にボボボっと赤くなって、なぜか瞳には涙がジワワっとわいた。
「はは……そんな上目遣いでこっち見んな。おかげで俺まで恥ずかしーじゃん……」
青井くんはプイと僕から顔を背ける。そして先に教室に入っていった。僕が背後から盗み見た手は、小麦色の肌に長い指と短い爪で、全くどこも青くなかった。
だけど、やっぱり青井くんの指が触れたところには鮮やかな青色がつく。そしてそれは僕以外には見えていないみたい。
おかげで、周りを青くしていく青井くんよりも、混乱してあたふたする僕のほうがみんなによほど不審がられて、いまやろくに口もきいて貰えない。
妹は「好きなアイドルの名前が光って見える」らしい。なるほど、スターにはオーラがあるとか、輝いて見えるとかってよく聞く話だ。なら、青井くんが青く見えるのも、僕の推しが青井くんだから……?
そうかもしれない。最近の僕は頭がおかしくなりそうなくらい、青井くんの動画ばかりリピートしている。
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