愛の形

3/6
397人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「きみ可愛いね」 その言葉に見上げると、五十代半ばくらいの男が立っていた。 僕の父親くらいだろうか? 「今夜僕とどう?お金が欲しければあげるよ?」 そう言って僕の頬に手を伸ばすから、僕は驚いて身を引いた。けれどそれでも頬を触られる。 「本当に可愛い顔をしてるね。こんなおじさんじゃダメかな?」 なでなでする手が気持ち悪い。 この人は一体何を言ってるのか。 「大きな荷物を抱えてるね。もしかして住むところがないのかい?おじさん、ホテル代出してあげるよ?」 そうニヤつくその人に、僕はようやく理解した。 ここはハッテン場なんだ。 同性の彼と付き合うことになって、僕はその手のことを調べたことがある。その時に出てきた言葉に『ハッテン場』があった。 いわゆる、同性同士が一夜の相手を探すところ。 この公園、夜はハッテン場になるんだ。 どうりで暗くなってから、男の人がちらちら僕を見てると思った。 僕のこと値踏みしてたんだ。 そしてこの人が声をかけてきた。 ホテル代、出してくれるんだ・・・。 いきなり声をかけられて変なこと言って頬を撫でるから、てっきり変な人だと思ったけど、ここがハッテン場だと分かったらそうでも無い。だってそれが目的なんだから。 よく見たら身なりもきちんとしてるし、顔も整ってる。うちの父親よりもよっぽどかっこいい。 正直僕は自分がゲイかは分からなかった。 これまで誰かを好きになったことは無いし、付き合ったこともない。彼との始まりも身体からだった。それも酔い潰れて意識がない時に。だから彼しか知らない僕は、初めから男の人しかダメなのか、それとも男の人でもいけるのか分からなかった。 もしかしたら他の男はダメだったりして・・・。 それも有り得る。 だから試してみてもいいかも・・・。 自分の性癖を試せてしかも今夜の寝床も確保できるなら、この人について行っても良いかも・・・そう思って口を開き掛けたその時、僕の頬を触っていた手を誰かが掴んだ。 いつの間にか僕の座ってるベンチの後ろに、誰かが来ていた。 「悪いけど、オレが先約」 そう言っておじさんを追い返したその人は、見上げる僕を睨みつけた。 初めて見る顔だと思う。 歳は僕と同じくらい?ちょっと下かな? ベンチから見上げてるから分かりにくいけど、背は僕よりかなり高そうだ。そしてめちゃめちゃ睨んでるけど、顔はかなり整ってる。 「あんなおじさんがいいの?」 すごくイラついた声。 「あんた、おじさんが好きなのかって訊いてるの」 何も答えずにぽかんと見上げてる僕に、その子はさらにイラついたように言う。 「あ・・・いや、特に・・・おじさんは好きじゃない」 「じゃあ何で?」 「え?」 「何でついて行こうとしたの?」 僕まだついて行くって言ってなかったけど、雰囲気で分かったのかな? 「ホテル代、出してくれるって・・・」 「はぁっ?」 僕の答えに、その子はあからさまに嫌そうに顔を顰めた。 なんでそんなにイラついてるんだろう? 「あんた、ホテル代出してくれたら誰でもいいわけ?」 誰でもいいわけじゃないけどそれを確かめたかったし、ついでに寝床も確保できるから・・・などと説明する訳にもいかず、僕は口を噤んだ。するとそんな僕にさらにイラついたように片眉を上げ、その子は僕の腕を掴んだ。 「だったらオレでもいいよね。今夜泊めてやるから」 そう言って僕を立ち上がらせると、僕の荷物を持って歩き出す。 「え?」 やっぱり見上げるほど背が高いその子は僕の荷物を持って、ずんずん歩いて行く。 「ちょっ・・・待って」 貴重品は持っているものの、僕の今の全荷物を持って行かれては困る。そう思ってその子の後を追いかけると、僕はガシッと手を掴まれてしまった。 「え?」 そしてそのまま連れて行かれたのは、その公園からすぐのマンション。 その子は僕の手は離さず荷物を下に置くと、ポケットからカギを取り出した。そしてドアを開けると、僕を中に押し入れる。そしてそのまま手を引いて中に入っていった。 そこはワンルームの部屋だった。 おそらくその子の家なのだろう。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!