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『ごめん。君があまりにも可愛くてがまん出来なかった』
全てを終えたその人が言ったその言葉に、僕の心が満たされてしまったのだ。
暗くて陰鬱な僕には今まで友達なんていなかった。それでも変わりたくて出てきた東京でも、バイトと勉強に追われていつも一人だった僕に、そんな風に言ってくれるなんて・・・。
『僕・・・可愛いですか?』
初めて言われたその言葉がまるで他人事のように思える。なのにその人は続けて言った。
『可愛いよ。だからまた、俺に付き合ってよ』
僕とは違う世界の人。
すごくかっこよくて、キラキラ輝く明るい世界に生きる人が、僕を可愛いと・・・付き合ってくれと言う。
その言葉が僕を満たし、全てになった。
その時から僕は、彼に求められるまま彼の元へ行き、彼にされるがままになった。
初めは呼ばれて行っていた彼の家に、すぐに来ないからと一緒に住むよう言われた。
すると今度は会いたい時にいつもバイトでいないからと、彼の空いている時間のバイトを辞めさせられた。
だからバイトが減って収入も少なくなってしまったけど、家賃や生活費は彼が出してくれていたので問題なかった。
多少の不安はあったけれど、それよりも彼が僕を求めてくれることが嬉しくて、彼の言うとおりにしたかったのだ。
おそらく初恋だった。
他の誰かがこんなにも自分の心の中を占めることは初めてだった。
だから全てを捧げた。
そして僕の出来ることの全てをやった。
料理も掃除も・・・家事の全てをやり、彼のお世話をした。彼が何の不自由もなく生活できるように家の中を整え、そして性欲も満たした。
どんなに激しくても、どんなに痛くても、僕は彼に従い身体を開いた。
時には縛られ、道具を使われてSMのようなプレイであっても、僕は彼が満足するように逆らわず、彼が満足するまで付き合った。
それが愛だと思っていたから。
なのに・・・。
『恋人が出来たんだ。だから出ていってくれ』
いきなりそう言って、僕は家を追い出された。
彼と付き合って3年。
当然自分のアパートは解約していた。
彼と付き合っている間に大学を卒業した僕は小さな会社に就職していて、とりあえずお金に困ることは無かったけれど、泊まるところがない。
これからどうしよう。
洋服は全て持ってきたから着るものはいいとして、こんな大荷物を持って会社に行く訳にもいかないし、だからと言ってホテルに泊まるにも、1日2日という訳にもいかない。
とりあえず公園のベンチに腰を下ろして考えるけど、正直これからのことなど考えられなかった。
『恋人が出来た』
彼の言葉が頭の中でぐるぐるする。
恋人って・・・じゃあ、僕は?
僕は恋人じゃなかったの?
恋人じゃない僕と、彼は3年も暮らしたの?
恋人じゃない僕を、あんなに毎夜のように抱いたの?
僕は恋人だと思ってた。
確かに僕達はあの部屋の中でしか一緒にいなかったけど、それは男同士で付き合ってると胸を張って言えるような関係じゃないからだと思ってた。
それに外に出なくたって家の中ではずっと一緒にいられたし・・・。
愛されてると思ってた。
でも、違ったんだ。
愛されてると思ったから、痛くても堪えられた。
彼の愛の証の行為だから、堪えることが僕の愛だと思ってた。
だけど・・・。
あまりのショックに涙も出なかった。
ただ力が抜けて、何もする気がしない。
本当はこれからのことを・・・今夜寝るところを探さなければならないのに、何もする気がしない。
初恋は実らない。
だけど僕の初恋は実ったんだ。
そう思ってたけど、やっぱり実ってなかった。
だって僕は、恋人じゃなかったんだから・・・。
じゃあ僕は、なんだったんだろう。
その答えを考えると、僕は虚しさでいっぱいになった。
そうしているうちに日が暮れて、辺りはすっかり暗くなってしまった。
とりあえずネカフェにでも行くか・・・。
そう思うも、僕の腰は上がらない。
何もする気がしなくて、いっそこのまま夜を明かしてもいいかとさえ思う。
今日が土曜日でよかった。
そう思っていたその時、誰かが僕の前に立った。
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