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「きみ可愛いね」
その言葉に見上げると、五十代半ばくらいの男が立っていた。
僕の父親くらいだろうか?
「今夜僕とどう?お金が欲しければあげるよ?」
そう言って僕の頬に手を伸ばすから、僕は驚いて身を引いた。けれどそれでも頬を触られる。
「本当に可愛い顔をしてるね。こんなおじさんじゃダメかな?」
なでなでする手が気持ち悪い。
この人は一体何を言ってるのか。
「大きな荷物を抱えてるね。もしかして住むところがないのかい?おじさん、ホテル代出してあげるよ?」
そうニヤつくその人に、僕はようやく理解した。
ここはハッテン場なんだ。
同性の彼と付き合うことになって、僕はその手のことを調べたことがある。その時に出てきた言葉に『ハッテン場』があった。
いわゆる、同性同士が一夜の相手を探すところ。
この公園、夜はハッテン場になるんだ。
どうりで暗くなってから、男の人がちらちら僕を見てると思った。
僕のこと値踏みしてたんだ。
そしてこの人が声をかけてきた。
ホテル代、出してくれるんだ・・・。
いきなり声をかけられて変なこと言って頬を撫でるから、てっきり変な人だと思ったけど、ここがハッテン場だと分かったらそうでも無い。だってそれが目的なんだから。
よく見たら身なりもきちんとしてるし、顔も整ってる。うちの父親よりもよっぽどかっこいい。
正直僕は自分がゲイかは分からなかった。
これまで誰かを好きになったことは無いし、付き合ったこともない。彼との始まりも身体からだった。それも酔い潰れて意識がない時に。だから彼しか知らない僕は、初めから男の人しかダメなのか、それとも男の人でもいけるのか分からなかった。
もしかしたら他の男はダメだったりして・・・。
それも有り得る。
だから試してみてもいいかも・・・。
自分の性癖を試せてしかも今夜の寝床も確保できるなら、この人について行っても良いかも・・・そう思って口を開き掛けたその時、僕の頬を触っていた手を誰かが掴んだ。
いつの間にか僕の座ってるベンチの後ろに、誰かが来ていた。
「悪いけど、オレが先約」
そう言っておじさんを追い返したその人は、見上げる僕を睨みつけた。
初めて見る顔だと思う。
歳は僕と同じくらい?ちょっと下かな?
ベンチから見上げてるから分かりにくいけど、背は僕よりかなり高そうだ。そしてめちゃめちゃ睨んでるけど、顔はかなり整ってる。
「あんなおじさんがいいの?」
すごくイラついた声。
「あんた、おじさんが好きなのかって訊いてるの」
何も答えずにぽかんと見上げてる僕に、その子はさらにイラついたように言う。
「あ・・・いや、特に・・・おじさんは好きじゃない」
「じゃあ何で?」
「え?」
「何でついて行こうとしたの?」
僕まだついて行くって言ってなかったけど、雰囲気で分かったのかな?
「ホテル代、出してくれるって・・・」
「はぁっ?」
僕の答えに、その子はあからさまに嫌そうに顔を顰めた。
なんでそんなにイラついてるんだろう?
「あんた、ホテル代出してくれたら誰でもいいわけ?」
誰でもいいわけじゃないけどそれを確かめたかったし、ついでに寝床も確保できるから・・・などと説明する訳にもいかず、僕は口を噤んだ。するとそんな僕にさらにイラついたように片眉を上げ、その子は僕の腕を掴んだ。
「だったらオレでもいいよね。今夜泊めてやるから」
そう言って僕を立ち上がらせると、僕の荷物を持って歩き出す。
「え?」
やっぱり見上げるほど背が高いその子は僕の荷物を持って、ずんずん歩いて行く。
「ちょっ・・・待って」
貴重品は持っているものの、僕の今の全荷物を持って行かれては困る。そう思ってその子の後を追いかけると、僕はガシッと手を掴まれてしまった。
「え?」
そしてそのまま連れて行かれたのは、その公園からすぐのマンション。
その子は僕の手は離さず荷物を下に置くと、ポケットからカギを取り出した。そしてドアを開けると、僕を中に押し入れる。そしてそのまま手を引いて中に入っていった。
そこはワンルームの部屋だった。
おそらくその子の家なのだろう。
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