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彼と住んでた時は食事は必ず手作りで、インスタントやお惣菜、ましてやコンビニごはんなんて出さなかった。それは彼が望んだからだ。だから僕はいつも痛くて疲れた身体で朝早く起きてごはんを作ってた。
不意に涙が流れた。
これはなんの涙?
そんなにまでしていたのに振られたから?
それとも恋人と思われてなかったから?
違う。
愛するということが僕の思っていたものと違っていたからだ。
痛さを我慢することが愛じゃない。
全てを捧げるのも、してあげることも違う。
僕の中で、何か憑き物が落ちたような気がした。
愛していると思っていたものが違うと気づいてしまった。
そして実際、愛されてはなかった。
愛し愛されていると思ったものが幻だったと気づいて、この3年間が虚しくなったのだ。
だからこれはその涙。
無駄だったとは言わない。
それでも幸せを感じた瞬間はあったのだから。
だけど、やっぱり虚しい・・・。
そんな僕の涙を、その子は指で拭った。
「恋人と別れたの?」
拭った涙をぺろりと舌で舐め、その子が言った。
「かっこいい彼いただろ?一緒に住んでたじゃん」
その言葉に僕はその子を見る。
僕を知ってる?
そんな僕に、その子も僕を見る。
「あんた、駅前のカフェでバイトしてたろ?オレ、何度かそこ行ってる。で、彼氏と歩いてるところも同じマンションに入ってくところも見てる」
バイトは減らしたけど、あのカフェはシフトの融通も利くし、彼の家からも近かったからずっと続けていた。それに時々一緒に帰ったこともあるから見られててもおかしくはないけど、そんなの数える程しかなかったのに・・・。
「・・・白状すると、オレあんたが好きだったの。だからカフェにもちょくちょく行ったし、バイト終わるの待ってたりしたんだ」
じっと見つめた僕に観念したのか、その子がバツが悪そうにそう言った。
「・・・え?」
「だから、オレはあんたが好きなんだって。だから彼氏と別れて行くとこないなら、ここにいればいい。昨日は騙すみたいにしちゃったけど、あんたがしたくなかったらもうしないし・・・とにかくここにいろよ」
そう早口で言うと、持っていたパンに齧りついた。顔が真っ赤だ。
僕はそんなその子に驚いてしまう。
僕が好き?
その子がカフェに来ていたなんて知らなかったけど、そこで僕のことを好きになってくれて、僕のことを見ていてくれたなんて。ちょっとストーカーぽいような気もするけど、目の前で顔を真っ赤にしてパンを食べてるその子に嫌な気がしない。
僕のことが好き・・・。
昨夜の行為を思い出す。
好きだからあんなに優しかったの?
好きだから、痛くしなかったの?
初めから最後まで僕に触れる手は優しく、僕のいいようにしかしなかったその子は、僕を好きだと言う。
心が温かくなる。
ふわふわして、嬉しい。
これが幸せ?
まだ愛するということは分からない。
その子も『好き』とは言ったけど、『愛してる』とは言ってない。
それに僕も、自分の気持ちは分からない。
嫌いじゃない。
むしろ好き。
だけど、この『好き』は『愛してる』という意味を含む『好き』なのだろうか?
分からない。
分からないけど、僕はまだこの子と一緒にいたい。
「本当にいてもいいの?」
その言葉に、その子は焦ったように答える。
「いていいよ。さっきから言ってるだろ?」
前のめりにそういうその子に僕も顔を近づける。
「でもしないの?」
あの気持ちのいいこと、もうしないのかな?
「あ・・・れは、あんたがしたくなければ、だ」
視線をずらし、その子はさらに顔を赤らめて言う。
「僕はしたい」
そう言って僕はその子の肩に頭を乗せた。するとビクッとその子の身体が跳ねる。
僕はその子が好きだからしたいのか、それとも単純に気持ちいいことがしたいのか分からない。
だけど、一緒にいたら分かる気がする。
胸がドキドキする。
この音は僕のもの?
それともこの子のもの?
僕はその子の肩から顔を上げ、改めて頭を下げた。
「よろしくお願いします」
この子が好きかは分からない。
だけど、確かめてみたい。
自分の気持ちを。
そして知りたい。
人を愛するということを。
だからそれを、ここで・・・。
了
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