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花開く
桃琉は、園実の手を素早く外すと、衣千花を引っ張って走り出した。
衣千花は園実を振り返る。
園実は腕を組んで、眉を下げて口をへの字に結んでいる。
けど、その表情はそのうち苦笑いになり、そっと片手で手を振った。
桃琉は衣千花の手を引いて緑道を走る。
目の前に階段が現れ、その上に三日月が浮かんでいた。
月明かりと街灯に照らされた石畳の道の真ん中で桃流は立ち止まり、膝に手をついて荒い呼吸を整えている。
しかし、衣千花の手は離さない。
「イッチー」
「は、はいっ」
呼ばれて衣千花は背筋を伸ばした。
「俺もイッチーの事を言えないくらい不器用なんだよ、安全な存在からどうやって抜け出せば良いかもわからねぇ、どうやったら意識してもらえるのかもさっぱりだから」
桃琉は衣千花に身体を向けた。
シャツの袖で鼻の下を拭って、もどかしそうに髪を掻く。
「だから、ストレートに言うしか出来ねえ」
「そ、それで良いと思う」
衣千花が頷くと、桃琉はパッと目を向けて、また直ぐに目を伏せた。
「イッチーの事が好きだ」
衣千花は頭が真っ白になる。
「へ?」
「園実に紹介された日に一目惚れしてから、ずっと、好きだったんだよ。園実に協力してくれって言ったら、そーゆー外見でしか見ない男はイッチーは一番大嫌いだから駄目だって」
「はあ·····」
「確かに最初は外見がもろに好みだったってのはその通りなんだけど、イッチーの性格を知る度にどんどん好きになって·····でも、言ったら、もう家に来てくれなくなるかもと思ったら中々言い出せなかった」
あれ?これってどういう·····桃琉は園実が好きなんじゃあ·····
「園実にいちいち駄目出しされて、邪魔されて、その癖ヘタレだと馬鹿にされてよ、ずっとアイツの顔色をうかがってたんだよ」
ええ、あれはそーゆう目だったの·····。
桃琉は衣千花の両手を握った。
「でも、この間、イッチー言ってくれたじゃん。だから、俺も自信持って良いのかなって思ったんじゃん」
「あの、あれはその·····」
「·····本当にどっか行くの?イッチー」
衣千花は桃琉をおずおずと見た。
桃流は俯いたまま、衣千花の手をぎゅっと握っている。
「行かないよ」
「イッチー好きなんだけど」
「う、うん」
「·····どうすれば良い?」
不器用同士が向き合って俯く。
「私·····ずっと普通じゃないと思ってた。普通に人を好きになって好きになられることも無いのかなって。外見がこんなだし」
桃流が衣千花を見た。
「イッチーは綺麗だけど、中身は普通じゃん。俺は知ってる、イッチーは普通の女の子だ。俺は、そういうところが凄く·····良いなって、思う、けど」
桃流が真っ赤になって再び俯いた。
「話せば直ぐわかる。イッチーの本当に良いところ、皆わかってくれる筈だ。自信持って欲しいけど、寂しい気もする。·····他の奴らが知らないイッチーを知ってるのは俺だけで良いって思うから」
衣千花は頷く。
「桃流さんは私にとってずっと特別だったよ」
衣千花はそっと桃流の胸に顔を付けた。
「私もずっと桃流さんが好きだった」
桃流が戸惑っているのがわかる。
「へっ、マジか、イッチーっ、ひい、マジで!」
おずおずと背中に回された手に、やがてぎゅっと力を込められた。
衣千花はうっとりと、桃流の胸に身体を預けた。
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