隠れて咲く

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隠れて咲く

「石原さんはさぁ、籍を入れる前に一緒に暮らそうっていうんだけど、どう思う?」 園実はソイラテのストローを咥えながら不満そうに眉を寄せた。 「同棲はともかく、結婚は急ぐべきじゃないと私は思う」 「なんでよぉ、石原さん、今まで付き合った中では一番優しくて真面目だよ。働いている男の包容力っていうか」 衣千花は顔には出さなかったが、内心で大きく溜め息をついていた。 衣千花は石原が好きではない。 園実の居ない時を見計らって、それとなく衣千花に接近してきたことが有るからだ。 貞節を守るタイプの男ではない。 一途に男に尽くすタイプの園実には辛い未来が待っているとしか思えない。 「園実にはもっと良い人がいると思うけどね、近くに」 「イッチーいつもそれ言うけど、誰の事言ってんの?」 園実はじっとりとこちらを見た。 園実とは高校の頃からの付き合いだ。 マダムイチカにも臆せず普通に接してくれた貴重な友人。 彼女の親が再婚し、新しい家族に紹介されたその場で桃琉に会った。 「見てぇ、兄ちゃんめっちゃイケメンでしょ?」 確かに格好良かった。 新しく出来た母にも妹にも優しく、且つ気を遣わせない振る舞いに感心した。 しかも、変な色眼鏡無く衣千花を見てくれた初めての男子だった。 恋に落ちるのにさほど時間は要しなかった。 そして、同時に気付いてしまったのだ。 桃琉が園実を見る目に、切ない色が浮かぶことを。 「イッチーはどうなの?良い人いないの」 衣千花は茉莉花茶にガムシロを入れた。 「インド人のダンサーと珍獣ハンターとの付き合いが忙しくてそんな暇はない」 園実は手を叩いて笑う。 「そんなこと言われてんの?マジか」 「ボリウッドダンスで登校してやれば良い?」 「彼氏に頼んで中庭で弁当狙うカラスを捕獲してよ」 「普通の彼氏が欲しいよ」 「だよね。難儀やな、イッチーは」 母が羨ましい。 ハイスペックな男達と後腐れない大人の付き合いを繰り返し、いつまでも若く美しい。 母は恋人を家には連れ込まない主義なので、衣千花は歴代の彼氏達に会ったことはないのだけど。 「つみきさんに紹介してもらえば?」 それは嫌だ。 衣千花は完璧な男性と付き合いたい訳ではない、気を遣わず自分をさらけ出せる人と穏やかな時間を過ごせたらそれで良いのだ。 馬鹿を言い合って、例えば····· 衣千花は頭に浮かんだ顔を打ち消した。 「イッチーの中身は地味なのにね、それを解ってくれる人がいれば良いんだけど。見掛けに釣られるような男とは絶対付き合って欲しくないよ」 園実は真剣な目をしてカップを握った。
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