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ももは夢を見た。イケメンに抱かれている、甘い甘い夢。
ももを見下ろすその男の顔は、青山のようで、そうではない。夢の中だからなのかボヤケていてはっきりしない。
ただその男はずっと、低くて心地良い声で愛の言葉を囁いていた。そして優しくももの体を愛撫し、力強くももを抱いた。
幸せと快感の中、ももは何度も絶頂を迎えることになる。
そんな夢。
あぁ覚めないでと、ももは思う。もっともっと…と思いながら、「ん…」と漏らした自分の声で目が覚めた。
真っ先に目に飛び込んできたのは、真っ白い天井。やっばり夢だったかと、少しがっかりしながら体を起こす。
頭がひどく痛い。昨夜、飲みすぎてしまった自覚はある。しかし、途中からの記憶がない。
…やってしまった。記憶をなくすほど酒を飲むなど、学生以来だ。社会人になってから自制心は働く方だと思っていたのに。不覚。
でも私のせいじゃない。翔太があんなふうに私に触るから…。
私のせいじゃないし。
自分に言い訳をしながらベッドから出ようとして、ももはようやく異変に気づいた。
…これ、私のベッドじゃない。
さらに周りを見れば、自分の部屋ではない。
…ここ、どこ?
さらに自分の物ではない大きなシャツを着ている上に、なぜか下着をつけていない。
「…え。」
頭が真っ白になる、とはよく言ったもので。本当に何も考えられなくなる。記憶をさかのぼろうとするのだが、全く思い出せない。こめかみの辺りを手のひらで強く抑えた。
ふいに芳ばしい香りが漂ってきて、ももは顔を上げた。少しだけ開いているドアの向こう側を見つめる。誰かいるのだろうか。ゆっく立ち上がり静かにドアを開けると、隣の部屋は明るい光に溢れていた。朝日が差し込んでいる上に、白を基調としたインテリアのために部屋全体が眩しい。
そんな光の中に、一人の男が立っている。
これは、何。夢の続き?
ももはその男から目が離せなかった。
すらっと背が高く色白で、洗いたてなのか少し濡れたように見える髪の毛は光に透けて茶色い。俯いているので、長いまつ毛もよくわかる。
…綺麗。
素直にそう思った。
でも…誰?
「あ…あの。」
ももが声を掛けると、その男が顔を上げた。涼しげな切れ長の目がももを捉え、形の良い薄い唇が微笑む。体中にゾクッと電気が走った気がした。
「あの…。」
誰?と尋ねようと思った。しかし。
「ももさん…起こしちゃいました?」
微笑みながら、男が言う。
「…え、何で…。」
私の名前?
「具合大丈夫ですか?コーヒー飲みます?」
そう言って男は、淹れたてのコーヒーが入ったマグカップをテーブルに置いた。
体の奥に沁みていくような低くて心地良い声。そうだ。さっきの夢の中の男もこんな声だった。
でもこの声、何だかもっと前から知っているような…。
「簡単ですけど朝食も作りました。食べていってください。」
男はももに、椅子に座るよう促してくる。
「あ、でも私…服が…。」
そう。ももは今、おそらくこの男の物だと思われる大きなシャツを素肌の上に着ているだけ。かろうじて膝上くらいの丈はあるのだが、やはり下着をつけていないのはどうも落ち着かない。
「あぁそうか。すみません。ももさん、昨日飲みすぎて吐いちゃって。服が汚れたので洗濯したんです。下着は無事だったので、そこのソファの上に。」
男が、L字に置かれたソファを指さした。見ると、もものバッグの横に下着が綺麗にたたんで置かれている。上下の色が違う下着が。
急に恥ずかしくなり急いで下着を掴むと、ももは寝室に戻ってドアを閉めた。ドキドキと、心臓が速くなる。
あの人、誰?
私、何で下着つけてないの?
服が汚れたって言ってたけど、下着まで脱がせる理由って…それってつまり…それ以外考えられないんだけど。
顔が熱い。心臓の速さがヤバい。
私、あの人とヤッた…のかな。
あんな王子様みたいなイケメンと?私が?ウソでしょ。悔しい。全然覚えてない。
…いや、今の問題はそこじゃないか。頭の中がとっ散らかって、ワケがわからない。
はあーっと大きく息を吐いて、ももはその場に座り込んだ。
それにしてもあの人…あの声。私、多分知ってるよね。昨日飲み会だったことを知っていて、私のことを「ももさん」と呼ぶ男…。
思い当たるのは一人しかいない。
でも。
嘘でしょ。
ももは震える手で下着をつけると、寝室のドアを開けた。椅子に座ってコーヒーを飲んでいた男がそれに気づき、ももを見て目を細めた。
ドクンと心臓が跳ねる。
「…橘、くん…?」
ももは思い切って、その名前を口にした。
嘘だ。お願い。
違うと言って。
だって橘くんはダサいし、暗いし、キモいじゃん。メガネもかけてないし、目の前の人とは全然違うし。
しかし、ももの願いも虚しく、男は「はい」と言って微笑んだ。
気が遠くなりそう。
真っ白になるのを通り越して、ももの頭は空っぽになった。何も考えられない。
戻って来い。
そこそこ賢い私の脳みそ。
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