白い点の存在

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 私がいつも通り淡々と仕事をこなしていると、杉山君に話しかけられた。 「朝倉先輩、初めまして、杉山です。宜しくお願いします」  先輩という言葉に嬉しさと恥ずかしさがあった。私より若い社員はいるけど先輩と言われたのは初めてだった。 「杉山君、こちらこそ、よろしくね。でも先輩は恥ずかしいから朝倉さんでいいよ」 「わかりました、朝倉さん。これから厳しく教えてくださいね。頑張りますから」  杉山君は拳をぎゅっと握りしめて、素朴だけど爽やかな笑顔をしていた。私はいつも通り仕事が終わって家に帰った。  私は昨日、会社から帰ったらもう人生を終えようとしていたことを思い出した。非常階段を使って10階建てのマンションの屋上まで上がった。そして屋上の柵を乗り越えた。ひゅるりと冷たい風が頬を撫でた。  私を遮るものはもうない。あとは一歩踏み出すだけで終わる。そう、そこで終わるはずだった。しかしその時に杉山君の顔を思い出した。  黒い心に白い点が染まったように感じた。白い点はとても小さかった。けれど、とても力強かった。杉山君との会話が私を引き止めた。  人生を終えるのはいつでもできる。私は飛び降りることを延期することにした。その日はぐっすり眠れた。  翌日、出勤すると杉山君に声をかけられた。私は気持ちが弾んでいて、そういう自分に驚いた。でも私なんてと冷静に自分を見つめる自分がいた。 「おはようございます、朝倉さん。部長から朝倉さんの仕事の手伝いをするようにと言われました」  私は目を丸くして驚いた。私の仕事は単純な事務仕事、それを手伝うように部長が言ったことが意外だった。
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