過去の話

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過去の話

午後3時半ごろ、俺はじいさんのいる老人ホームへやってきた。入口にある受付で自分の名前と用事を伝えると、先に電話していたこともあってすんなりなかに入れてもらえた。なかにあるちょっとしたカフェテラスでじいさんを待っていると、じいさんは介護士のおにいさんに腕をひかれながらよろよろとやってきた。  介護士のおにいさんは俺に挨拶をしたあとじいさんにお孫さんがきてくれてよかったですねー、と声をかける。そして俺とじいさんに冷たい麦茶を入れてその場から離れていった。 「じいさん、ここでの生活はどうだ? ゆっくり過ごせているか」 「ああ、ゆっくり過ごせているよ。……ところで元吉、今日はどうしたんだ」 「俺は元希だよじいさん。元吉は父さんのことだろう。俺は孫の元希」 「そうだったなあ。元希、元希は元気にしているか、また野球をしてそこらへん怪我をしているんじゃないか」  また始まった。じいさんのなかでは俺は父さんの元吉で、元希はまだ小学生くらいの野球少年のままらしい。たまに調子がいいときは俺を元希だと認識してくれるんだけれど、今日はダメな日のようだ。  最初は困惑したけれど、いまでは悲しいことにすっかり慣れてしまった。俺はじいさんに話をふるがまともに会話が成立しないまま時が過ぎていく。まあボケてはいるものの顔色はいいし元気そうだから良しとしよう。そんなことを考えているとふっとあの肖像画のことを思い出し、ダメもとでじいさんに聞いてみた。
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