過去の話

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「わしたちは愛し合っておった。しかし桜さんは突然流行り病で亡くなってしまってな。わしは悲しくて悲しくて……。桜さんがくれたこの腕時計にすがりながら死んだように生きていた。そんな時わしを支えてくれたのが秋子さんだったんだ。その後わしは秋子さんと結婚して幸せに暮らしていたよ」 「そうだったのか」  二人にそんな馴れ初めがあったなんて知らなかったな。ばあさんは昔から献身的な人だったし、悲しんでいる爺さんのことが放っておけなかったんだろう。そんなことを考えていると、じいさんはなにやら顔色を悪くしながら震えていた。 「おいじいさん大丈夫かよ。なにか羽織るものを……」 「あの肖像画がこっちを見てくるんだ」  俺の言葉を遮りじいさんはそう呟いた。見てくる? 何を言っているんだ、またボケ始めてきたのか? 「秋子さんと結婚したあたりから桜さんが、あの肖像画が恨めしそうにこちらを見てくるんだ。そして毎夜毎夜夢にでてこう言うんだ。こっちへこい、一緒にしあわせになろうと」  グラスに入った氷がカランとなるのがわかるほどあたりは静かだった。いや、ここは老人ホームであたりは介護士さんたちや入居者の声であふれているはずなのに、ここだけが空間が切り離されたかのように静かだった。
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