ひとりひとりで生きる世界

1/1
前へ
/1ページ
次へ

ひとりひとりで生きる世界

この世界は、誰も群れていない。 一人ではなく、独り。 誰一人として、繋がりがない。 街を歩いてもただただ人の存在があるというだけで、それ以上のことが何もない。 挨拶なんてしたことがないし、ぶつかっても謝罪はない。 席を譲ってもお礼はないし、別れの言葉は交わされない。 “ただそこにいる“というだけで、本当に自分独りの世界しかないのだ。 そこになんら疑問はない。さも昔からそうであったように、むしろそれが正しいのだと思えるほどに全ての人間にとって当たり前のことであった。 空白の世界、無色の世界。そんな言葉がこの世界には似合うだろうか。 どの人も、心が満たされない。穴が空いている———というより、その大きな穴に漠然とした不安感が詰められているだけだ。 はて、それは元来人間に備わっていた本能ゆえだろうか。それとも、この無色の世界が着色される兆しなのだろうか。 きっと、誰にも答えはわからない。答えを求められない。 無骨で温度を感じない世界に、色も味もないこの街に。 誰一人として孤独でいることに疑問を持つことがなく、屍のような人生を謳歌している。 ———その屍の中に。 「………………………………」 一人の少女が混じっていた。例外なく孤独で、独りの少女が。 腰まで伸びる長い白髪に、燻んだ黒い瞳。やはり独りであることには変わりなく、空いた胸に詰められた不安感も変わりない。 まさに“生きる屍“。生を謳歌する、とは到底程遠い彼女の生き様にはその言葉がちょうどいいだろう。 “生き様“と一口に言ってもそう酷いものではない。普通の人と同じように学校に行って、勉強をして、帰ってきたらご飯を食べてSNSでも漁って寝る。 高校生くらいなら大体こんなところだろう。 だが、肝心なのはそこではない。 むしろ、“当たり前のようにそれが毎日行われている“ことに問題があるのだ。 だって彼女らは“孤独“だから。 極端に言ってしまえば、自分しかいない世界で同じような日々を繰り返すのだ。 たった独り、途方もない広さの世界で。 常人だったら気が狂うだろう。健常者だったら、異常者になるだろう。 なら、なぜこの世界の人間たちの心は壊れないのだろうか。 もしくは、すでに壊れてしまっているのだろうか。 ……もし、壊れているとするならば。二度と甦らないと言うならば。 「……誰か…………」 ———この少女の“心“が動き始めたのは、奇跡と呼んで然るべきだろうか。 □□□ 「……っあ…………」 思わず、口から声が零れていく。どうしてかって?答えは簡単。 「……なんで、思い、出して……!?」 “思い出してしまったから“。 孤独でいることの恐怖を、孤独でいることの辛さを、孤独な人間が迎える結末を。 あまりにも異常な過去を想起する。誰一人とも関係を気づくことなく、死人のように生きてきた今までの人生を追体験するかのように鮮明に情景が浮かんでくる。 『これほど孤独だったのか』『これからも孤独なのか』 あまりに異常な過去・経験に思わず自身の身を抱いていた。震える体を、震える腕で包み込んで最大限恐怖をかき消していた。 遅まきにも、無意識のうちに涙が溢れ出てくる。少女自身にも涙の理由がわからない。 感情と情報の波で、思考が流されてしまっている。 ただ、この感情の波は理性までも流してしまったのか、己の意思ではどうにもできないほどに滂沱していた。 「……うぁ…あぁ……」 嗚咽が漏れる。なぜなら“知っているから“。 自身が異常であることを自覚し、孤独であることは認識できた。 ———だから? この世界は例外なく、全人類が、孤独でありそこに疑問は持たないことを少女は知っている。 確かに少女自身は孤独であることとその恐怖を認識できる。以前のように誰もいない世界ではなくなった。『誰か』を認識できるようになった。 だが、現実はなんとも非常であるがゆえに、“孤独を認識できるのは自分一人しかいない“のだ。 なんとも皮肉なことだろうか、少女は、孤独ではないことによる孤独になってしまった。 知らぬが仏であるように、皆と同じくこの苦しみに気づかず生涯を終えてしまえば良かったものを、この少女だけは知ってしまった。 誰かと、誰でも、言葉を交わしたい。この地獄から、一刻も早く抜け出したい。 そんなささやかな少女の願いは、いったい誰ならば聞き届けてくれるのだろうか。 もしくは、誰一人として聞き届ける人物は存在しないのか。 ———それを確かめるという理由だけで、少女が駆けるには十分な原動力となった。 たまらなくなり、少女は駆け出した。暗く、閉鎖的な部屋から飛び出す。 何も言わずに家を出るが、親はそれを引き止めない。休日の真昼間、灰色の街を駆け抜ける。すれ違う人は誰も少女を認識しない。まるでこの街の背景に溶け込んだようで、やはり灰色のモノのようだ。 「はっ……!はぁっ……」 うまく走れない。前まではしっかりと走ることができたいたはずなのに、どうしてかこの足は言うことを聞いてくれない。 きっと、ようやく人生を始めたから。生きる屍から、生者へと息を吹き返したから。 元来、人に備わっている感覚がやっと正常に動き出した証拠だろう。 無我夢中になりながら、『誰か』を探して走る。誰でもいいから、自分と同じように孤独を知る者に。 ———例え、この世界のどこにいないとしても。 どこかにいるかもしれない、いや、どこかに必ずいるのだ。そう自分に言い聞かせていなければ、己の心が元の形を保ってはいられない。 もしいなければ、少女の人生は独りの人生だ。 誰にも知られることなく生きて、誰にも知られず死んでいく。 少女には想像できなかった。この先の人生をただ独りだけで過ごすことを。 朝起きて、視界に入る親に言うおはようは返ってこない。学校にいる人たちに話しかけても、笑い合えることはない。 想像もしたくない、と少女は強く思う。 それこそ、生きているかどうかわからない、“生きる屍“ではないかと。 もしそうなってしまったら、感情のある生きる屍になってしまったら……! ———さっさと、死んでしまおう。 そんな、一種の覚悟が少女の中に渦巻いていた。 自分で、自分を殺してしまうかもしれない。その事実が少女の不安を加速させる。 加速した不安感はやがて涙となって目から溢れ出た。 ぼろぼろと涙を流しながら、だがそれでも歩みを止めることはない。 「……———?」 そう息巻いて進んでいた少女の足は、なぜか唐突に歩みを止めた。先もそうだったように、走る感覚が鈍っているから?否だ。いくら感覚が鈍っているとはいえ、ここまで急に止まってしまうような異常事態にはならない。 と言うより、そもそもとして“少女の意思で止まったわけではない“。 自分の意思ではない、となれば。 “自分以外の誰かが関わっていること“は自明であり。 「……えっ?」 「…………………………」 少女の腕を掴んでいる少年が、“少女を認識している“と言うことであり。 少女を認識できていると言うことは、“孤独の苦しみを分かち合う仲間“であり。 その少年が、少女の探し求めていた希望であることに他ならなかった。 ……なんの因果か、はたまた必然だったのか、偶然だったのか。 この世には存在しないと思われていた少女の探し人は、これほど早くに見つかった。 □□□ 「君は———」 「見つけた」 少女の言葉が終わるより早く、少年が端的にその言葉を発した。 黒い短髪に、紅い瞳。その紅い瞳は、多少の濁りはあれど、はっきりと少女を見据えていた。 一方、少女は未だ涙を流したままだ。本当にこの少年は自分と同じように孤独を認識できているのか。完全に絶望しきっていた少女には、それが疑わしく感じた。 ……こんな奇跡が起こりうるのかと。 だが、その少女の疑念は、続く少年の言葉で吹き飛んだ。 「……ようやく見つけた。この世界の、この街の負の輪から外れた人。ずっと……ずっと探していた。生きる屍から息を吹き返した人を」 「あなたは……本当に、私と同じ、の……?」 最後の確認。これが夢なんかじゃなく、少女が狂って見ている幻覚でもなく、ただの現実で事実であることを知るための確認。 涙を堪え、声帯を引き絞り掠れた声を少年に飛ばす。 「あぁ、もう安心してくれて構わないよ。君と同じ、孤独を知る者だ」 ———その一言が。たった一言が、欲しかった。 ひたすらに安堵した。絶望と孤独に満ちたこの世界に、仲間がいたのだと。 その瞬間、抑えていた涙と叫びが溢れ出る。 恐れからではない。果てしない安心感からくる涙だ。 “嬉し泣き“その言葉が一番この涙を説明するのに適しているだろうか。 よかった、本当によかったと少女の心が叫んでいる。 無意識に、その叫びは口から零れて。 「本当にっ……よかった……」 「……あぁ、僕もよかった。長かった……やっと、孤独から抜け出せる……」 少年は感慨深そうに微笑み、少女は少年の胸を借りて目一杯泣き叫んだ。 これほどまでに大騒ぎをしても、周りの人間はやはり少女たちに目もくれない。 独りの世界に閉じこもり、灰色の日常を過ごす人の姿があるだけだ。 ひとしきり少女が泣いたのち、ゆっくりと少年の胸から顔を離した。 「え、えへへ……なんだかごめん。急に泣きついたりしちゃって……」 「いや、いいよ。この世界で人と触れ合うのは貴重な経験だしね」 ふと、少女が気になった。先ほどからの泰然自若とした少年の態度。ずっと探していたとも言っていたことから、己よりもずっと早くに孤独からの脱却を試みようとしたのだろうと。 だが、だったらなぜ、“最初にあったとき、街の人と同じ目をしていたのだろうか“。 自分と同じ孤独に立ち向かい、逃げる者。だが、あの最初の一瞬だけは街の人と同じ———孤独を孤独と思ってもいない瞳をしていたのだ。 「……あぁ、そうだね。君が知らないこともいろいろあるだろうし、僕から説明するよ」 少女の訝しげな目に気付いたのか、差し当たりそう口にして、この街のことを話し始めた。 「まず、この街の人々は異常だ。誰一人として孤独を疑問に思わず、誰とも関係を気づかずに日常を過ごしている人間たちだ。それはわかるね?」 「う、うん」 「そして、その中にたまにだけど僕や君のように孤独を認識してこの負の輪から脱する者もいる。昔、僕も一人だけ同じように孤独から脱している人と時間を共にしたよ」 さらりと少女には重要なことを告げていく。過去にも少女たちと同じような人がいたこと、この少年がその人物と顔見知りであること。 過去に人とのコミュニケーションをとったことがあるなら、なるほど、少年の言葉遣いが流暢なわけだ。 流れるように伝えられた情報を冷静に考え、少女の中で完結させた。 だが、ここで一つ疑問が生じた。 「……あれ?でもその“もう一人の仲間“はどうしたの?」 「……………………………」 純粋な少女の疑問。過去に同じように孤独を分かち合う仲間がいたのなら、なぜ今この場にいないのか。ただ単に別行動を取っている可能性もあるが、少年が少女のような人間を探していたこと、少年の口ぶりから察するに今はその“もうひとり“の現状がわからないようだったことから、それは考えにくい。ならやはり、なぜその“もう一人“はいないのかと考えているところ。 固く口を閉ざしていた少年が苦しそうに口を開いた。 「……彼は、もう“戻ってしまった“」 「戻る?」 どこか、自分の居場所に戻ったのかと思ったが、少年から返ってきた言葉は想像を絶するものだった。 「……“街の人間に戻ってしまった“」 「えっ……?」 「流石に驚かせちゃったみたいだね。……少しだけ、僕が知っていることを話そうか。僕は昔、君と同じような仲間がいると言っただろう?けどね、その頃は僕も彼も幼くて、時々迷子になっていたんだ。そして、ある時迷子から戻って気がついた。僕が彼を見つける頃には、彼はもう街の人と同じ瞳をしていたんだ。どうやら、“長い間人とコミュニケーションを取らない“と、街の負の輪に戻されるらしい」 なるほど、それならばこの少年が初めて少女と会ったときに街の人々と同じ目をしていたことの辻褄が合う。 唐突な事実に、少女はまだそれに気がついていないが、少年は話を先へと進める。 「そしてそれも、いろいろ個人差があるみたいでね。僕の旧友のように孤独への耐性が薄いものもいれば、僕のようにある程度独りでいても負の輪に戻されない人間もいる。実を言えば、ついさっきまで僕もその耐性の限界を超えて街の人と同じようになっていたんだけど、君の声に共鳴したのかすぐに意識が引き戻されたよ。僕の旧友は声かけに何も反応がなかったから、これも孤独への耐性の差、なんだろうね」 そうして、多少の沈黙の中で少女は思考する。現状のこと、これからのこと…… 津波のように膨大な情報が少年から告げられる。混乱がありつつも、最終的にそれらをまとめて出した少女の結論はこうだ。 「そ、れはつまり……私とあなた、どちらかの心が折れたら共倒れってこと……?」 「察しがいいね。そう、僕が負の輪に戻されても、君が戻されても最終的にはどちらもコミュニケーションを取る人物がいなくなって、そこでデッドエンド。だから、僕らにできることはなるべく一緒に行動すると言うことだ。……まぁ、これが本題だったんで、長々と前置きをしたんだけども……」 つまり、この少年の目的は、自分と同じように孤独を知る者を探すことであり、その根本にあるのは孤独への引き戻しを避けるためだったと言うことだ。 単純かつ明快、そしてわかりやすい目的だ。 ……そのことに気がついた時、少女は安心した。その安心は、やがて笑みとなって口に現れた。 「ど、どうしたの?僕、何か変なこと言った?」 「ううん、ただ、あなたも同じでよかったって」 ……結局は、この少年も孤独を恐れているのだ。 あまりに泰然自若としていて、さらには淡々と少女の混乱に対応していくクレバーさもある。 どこか人間味がなくて不安感があったが、やはりお互いに恐怖の感情はあるのだとわかると、それだけでどこからか安心感が生まれた。 だから、少女はこう言って快諾した。 「うん……そうだね。私とあなたは完全に目的が一致してるもん。任せて、どこまでも、私はあなたについていくよ」 「……頼もしいね、その言葉。僕もただの人間なんだ。こんなのはやくどうにかしたいと思うし、こんなの地獄でしかないと思ってる。だから、この地獄みたいな世界で、最後まで一緒に希望を見出してくれるかい?」 その言葉にする返答は決まっている。 「えぇ、もちろん。だから、これからは———」 「「私たちは、二人で一人だ」」 「あなたを、独りにはしない」 「僕も、君を独りにはさせないさ」 ……ここから、ようやく二人の人生が動き出した。 □□□ ———それから、長い月日が経った。 二人で仲間を探すために、遠くまで旅をした。二人で仲間を増やすために、いろいろなことをした。二人で希望を見出すために、お互いを支え合った。 そこに一人の時間はなかった。だが、むしろ二人でいる時間がずっと愛おしかった。 「ねぇねぇ、コーヒー飲むー?」 「あぁ〜……そうだね。でも砂糖は忘れないでよ?」 「だめで〜す。お砂糖は前使っちゃって在庫が少ないから使いませーん」 「うげ……せめてミルクだけでも……」 「それもダメ〜」 「ちくしょう……なんで僕は甘味に嫌われるんだ……っ!」 「あともうちょっとで甘いもの食べられるから」 「それ昨日から言ってない?昨日もクソ苦いコーヒー啜ったんですけど?」 「もういい大人になるんだからブラックくらい飲めるようになりましょう」 「あんなの泥水と変わんないだろ……誰が最初に飲んだんだよあんなダークマター……」 そんな日常を繰り返して、はや数年。もう少女と少年はすっかり打ち解けて、最初はたどたどしかった少女も流暢に話せるようになっていた。 ……反面、最初の頃の少年の頼もしさは薄れてしまっているが。 砂糖の入っていないコーヒーを手渡すと、少年は不味そうに顔をしかめながら啜った。 ……ここ数年、少年と旅をしてわかったことがある。 この世界の人間は“孤独を知ることができない“と言うことだ。 過去に少年が、少女の声に反応して孤独から抜け出したと言うので、各地を巡っては人々に声をかけたが誰一人として言葉を返さなかった。 これに関してはおそらくだが、この少年と少女にしかない“なにか“なのだろう。と言う結論になった。 そして、それによって過去に少年があった仲間に矛盾が生じるのだが、旅の途中に数人、自我を取り戻し言葉を交わすことのできる人がいた。多分、極々低い確率で負の輪から抜け出すことができる……のだと思う。 だが、どの人も一睡してしまえば大抵は元に戻ってしまった。仮に戻らなかったとしても、数回寝食を共にすれば街の人間と同じ目になっている。 ……その事実に、何度か心が折れかけたが、いつもそばで支えてくれた人がいる。 これからも、支え合い生きていく仲間が。 「よし!もういいかな」 「何かできたの……?」 軽く目に涙を浮かべながら少年がこちらを向いてくる。どれだけブラックコーヒーが苦手なんだろうか。 「……今日、何の日か覚えてる?」 「うん?この世界で日付なんて気にしないからなぁ……まぁでもあれだ。君がそう言うってことは大体僕と君が出会った日……だろ?」 「残念」 その言葉を聞いた途端、少年の顔色が一層悪くなる。鈍感なこの少年も、女性が記念日を訊ねてきたときに間違えるのは何を意味するのかご存知らしい。 「え、えとあれだその……た、七夕?」 「今冬なんですけども?せめてそこはクリスマスじゃない?」 「は、ははっ!そうだよな!今年はどこいこうか!?海は夏に行ったし、山にでも行って星でも見る?冬の夜空なら星も綺麗だろうし!」 「まぁそこにいくのはいいけど……別に今日はクリスマスじゃないよ?」 「はは……はぁ……そうだよな。もうお手上げだ。今日はなんの日なんだ?」 とうとう少年が観念し、少女に答えを求める。 最後の最後まで正解まで辿り着けなかった少年の姿を見て、少女がほくそ笑む。 だってそうだろう?今日はなんの日か、なんて他でもないこの少年がわからなければならないのだから。 そう、今日は——— 「———今日はあなたの誕生日、でしょ?」 「………………………………あっ…………」 本当に、今の今まで気がつかなかったのだろう。唖然として、少年が少女を見つめる。 「本当に、自分の誕生日を忘れてたんだね?」 「そりゃあ……自分の誕生日なんてぶっちゃけどうでもいいからね。あ、でも君の誕生日はしっかり覚えてるよ」 「信用ないなぁ……」 そう言うと、見事に少年は少女の誕生日を淀みなく言い当てた。どことなく、自分の誕生日は覚えてくれていたことが恥ずかしくなる。 その照れ隠しに——— 「……はいっ!これ!」 「お、おぉ?これって……」 小さめの、白いホールケーキを見せる。ここ数年は交代で自炊をしているが、特に料理が得意と言うわけでもない。だから、売られているものと比較すれば見劣りはするが、綺麗な装飾もされていた。 いわゆる、“サプライズ“と言うやつだ。 ……まぁ、なぜか少年は毎年自身の誕生日を忘れるので特にサプライズにしようとしなくても自然とサプライズになってしまうのだが。 「甘いものが食べられる、ってのはこれのことか」 「そそ、美味しそうでしょ〜?」 「……あぁ、とても。早く食べたいよ」 まだ飲みきっていないコーヒーを片手に、もう一方の手にはフォークを持って。 「ハッピーバースデー!これからも二人で一人、くれぐれも私を独りにはしないように……ね?」 「……あぁもちろん。約束は違えない。……君と一緒なら、たとえ世界が戻らなくても、いい人生を送れそうだ」 ……きっと、この世界はあるべき姿に戻らない。原因がわからないし、たった二人の人間には限界があると言うものだ。 だが、きっと二人なら、二人だけでも"理想の世界"に届くだろう。だって、今がその理想なのだから。果てのない、最高の世界だから。 たとえこの世界が滅びようとも、どんなに荒廃した世界でも、いつでも彼女らは二人で一人。 独りを捨て、一人となった者。 孤独を捨てた、孤独を知った、そんな少女の物語。 その一ページが、これからも描かれていく。 「じゃ、死ぬまでよろしく。僕より先には死なないでくれよ?」 「安心して。私が死にそうになったら、その時は殺して道連れにするから」 「おぉう……」 苦笑いを見せると、少女はコーヒーを軽く傾ける。それに気づいたように、少年も優しく口を緩ませる。 「はいはい。じゃ———」 「「———乾杯!」」 そうして、コーヒーカップを交わした。 約束通り、互いが死ぬまで。 ———色なき世界が終わる、その日まで。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加