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 この世界には人間と獣人、そして有翼人がいる。  人間と獣人は反発し争いが絶えず、人とも獣とも付かない有翼人は両種族から迫害された。  そのせいで彼らの生態は謎に包まれていたが、全種族平等を掲げる中立国家『蛍宮(けいきゅう)』の台頭により明らかになりつつある。  蛍宮の中央を横切る大通り。  灰白色の羽を持つ有翼人の少年は人の姿をした母親と買い物をしていた。  しかしその手は必至に背中を掻きむしっている。 「掻いちゃ駄目。皮膚炎ひどくなっちゃうわよ」 「でも痒いもん!」 「帰ったらお薬塗ってあげるから」 「やだー! 痒い!」  有翼人が日常で最も辛いのが汗疹等の皮膚病だった。  羽に熱がこもるせいで汗疹ができる。羽のかすめるあちこちを掻きむしるのでばい菌が入り皮膚炎になる。  こうした皮膚病を慢性化させるため、有翼人にとって羽は邪魔な物だった  だがこれを悪化させる原因は服にもあった。 「もーやだ! 布くすぐったい!」 「もっと背に沿う服があればいいのにねぇ」  有翼人は服らしい服を着ない。ただ布を巻き付けるだけだ。  人間や獣人では理解しえないが、これは仕方がない。羽を出せる既製服は存在しないのだ。  迫害を恐れ人目を避ける有翼人の生活は誰も知らず、専用の服が考案されていない。  仕方なく人間の服に穴を開けるが、型崩れして身体に沿わなくなる。  しかも羽の付け根に向かって凹凸があるため人間の服は背に沿わない。  凹凸を覆うくらい大きい服は熱がこもるうえ、隙間から羽が入り肌をくすぐる。結果、痒くなる場所が増えるだけだった。  それなら通気性を重視して布をゆるっと巻く方が良いが、結局衣擦れはする。何を纏っても皮膚病からは逃れられないのだ。  灰白色の羽の少年は口を尖らせて背中を掻き続けた。  するとその時、ぽんっと誰かに肩を叩かれた。 「ねえねえ!」 「ん?」 「この服あげる! ぴたってして涼しいから汗かかないよ!」  現れたのは人の姿をした少年と純白の羽を持つ有翼人の少年だった。  その羽はあまりにも美しく、母親は魅了されめ息を吐いた。  けれど灰白色の羽の少年が目を奪われたのは服の方だった。何故かぴたりと身体に沿っている。生地も薄手で軽やかだ。  それはまさに有翼人が欲する理想の服だった。 「え!? どうなってるの!?」 「ふふふ~。着てみるのが早いよ!」  純白の羽を持つ少年は、鞄から布を取り出し広げた。  服の形状をしているが、前と後ろの二枚に分解され壊れている。  とても着れそうにないけれど、純白の羽を持つ少年は得意満面な笑顔を見せた。 「その服脱いで!」 「え? あ、う、うん……?」  訳も分からず脱ぐと、純白の羽を持つ少年は前から抱きついて来た。  そして灰白色の羽の下に布の一枚を滑り込ませる。布は背よりも少し大きいようで、前は鎖骨あたりまで被さっている。端にはずらりと釦が並んでいて、鎖骨付近の釦にもう一枚の布を止めると身体の前が隠れた。  今度は背に回り、後ろに垂れ下がっていた布を左右の羽の間から持ち上げ肩の釦で止めてしまう。  次は身体の横にやって来て、脇から腰へ縦一列に並んでいた釦を全て止めた。  するとそれは純白の羽を持つ少年と同じ服に変身していた。 「えっ! すごい! 何これ!」 「それに凄くお洒落。素敵だわ」 「羽がこちょこちょしない有翼人専用服だよ! 涼しいでしょ!」 「うん! どこで売ってるの!?」 「案内するよ! 今から行くとこなんだ!」  そうして連れられて行った店に入ると、並んでいるのは全て服だった。  店内は有翼人でひしめき合い、皆わいわいと楽しそうに選んでいる。  灰白色の羽の少年も恐る恐る手に取ると、どれも羽を出す穴が付いていた。 「全部有翼人用だ!」 「まあ。知らなかったわ。凄いわね」 「お母さんこれほしい! あ! こっちも!」 「待ちなさい。この生地絶対に高いわよ」 「店内全品五着で銅二枚。もしくは一着を羽根一枚と交換」 「えっ!? 羽根なんかでいいの!?」 「当店は有翼人の生活を支えるのが理念ですので」  人の姿をした少年と純白の羽を持つ少年はにっこり微笑み手を広げた。 「「有翼人専門店『りっかのおみせ』へようこそ!」」  ここは薄珂(はっか)立珂(りっか)、獣人と有翼人の兄弟が経営する有翼人のための店である。
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