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ふうん……と概要を聞いたサクラが唸るのに、クレイセスは小さく笑って言った。
「それまでに顔を合わせたのは数回です。お互いのことをよく知りもしないので、情が湧くようなこともありませんでした」
「あんなに素敵な人なのに? クレイセスだって、一目惚れされてること多いのに? そんな二人が何回かでも顔合わせてて、なんにもないものなんですか」
「なんにもないものなんです」
即答するクレイセスに、サクラはふうん……と釈然としない気持ちで相鎚を打つ。
「少しは、気にしてくださっていたのですか」
「誤報ってわかるまでは、定期便のついでにでも教えてくれてもいいのにって、……ちょっと、寂しかった気もします」
そう答えたものの、サクラは喉の奥が締まるような感じがして────嘘を、付いているような気がした。
そんな、本人にも説明が付けられないほど微かな感情になど気付くはずもなく、クレイセスが微笑みながら、「複雑です」と言う。
「気になったとしても、その程度だとは思っていましたが。あなたには、どうやったら届くのでしょうね。私にとって、唯一で特別だ、と」
ストレートな表現に、サクラはどうして良いかわからず、固まる。それに気付いたのか、クレイセスはまた、サクラの目元を覆って言った。
「今日はもう、遅すぎるほどです。困らせるつもりはありませんから、何も考えずに眠ってください」
どこか寂しさを含んだような声音が、サクラの胸を締め付ける。自分にしても、クレイセスを困らせるつもりはないのだ。
ただ、ガートルードでサンドラも言っていた。求婚への返事がお出来にならないなら、傷を深くするだけでは? と。あのときはクロシェの話だったが、心配や慈愛ではなく、欲しいのは恋情、という点は、クレイセスも同じだろう。
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