序 雨と風の夜に

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 サクラはその辺りに、そっと手を伸ばす。触れるか触れないかの距離でふんわりと撫でると、そこには風が起きたようで。地図上の木々がわずかに葉を揺らした様子を、不思議な気持ちで眺める。そうして、何をどうしてやれば、この痛みを軽減してやれるのかと思案に暮れて、サクラの眉根は自然に寄った。  北はレフレヴィー伯爵領にも、(わず)かに黒い筋が見える。南ほどではないものの、うっすらと霧を()いたような黒は、眺めていると胸がざわついた。  サクラには、フィルセインのしたいことが、皆目(かいもく)わからない。  王となって自分が統治したいのであれば、レア・ミネルウァを弱らせることは得策ではないはずなのに。彼はレア・ミネルウァすら従わせようとしているのだろうかと、戦いをやめる気配のないフィルセインの、見えてこない目的を推測しようと試みる。  全体の四分の一ほどが、フィルセインによって占領されてしまっていた。軍を率いて戦うこともあれば、領主を寝返らせて、あるいは暗殺して、己の手下とすげ替えた例もあるという。南は肥沃(ひよく)な土地が多いが、(たび)重なる進軍に、領民には重税が課せられていると、報告を聞いている。「死なない程度」が行き渡るよう、調整がなされているということも。しかしそれも、レア・ミネルウァが健やかであればこそ得られる実りが前提だ。弱らせてしまえば、目論んだ量も得られないだろうに。少なかった分のしわ寄せは、やはり領民が被るのだろうと、サクラは占領下の民の生活に、想像を巡らせて胸を痛めた。 「こちらでしたか」  突然扉が開いて声がしたのに、サクラはびくっと肩を竦めて振り向いた。 「クレイセス」  彼が来たということは、とうに零時を過ぎてしまったのだろう。 「ごめんなさい。ちょっと、目が覚めてしまって」 「レア・ミネルウァに、異変でも?」  近づいて来て、サクラの隣に立ち世界図を眺めるクレイセスの表情は、疲れて見えた。
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