Ⅺ 襲撃からの脱走

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 もちろん、普通の大手新聞などには、サクラの進める公共事業や、フィルセイン戦から先の復興がどう指示されているかの特集記事などもある。救われた領地が、お礼にと送った産直品の品数や量、祭りで崇拝されるセルシアの姿といった記事には、どの新聞社も事欠かない。今注目を集めているのは近衛騎士の登用試験で、暫定的に、セルシアから騎士団へと視線がずれている形となっていた。  これほどまでに「恋愛」に特化して記事を組むのは、ときめき通信だけだ。しかもこの書きぶりからして、フューリアから金を掴まされていることは明らかだ。なのに、これらの記事を信じて、右往左往する者が少なくない。 「朝からやる気なくす……」  机の上に顎を載せて溜息をついたサクラに、「やる気はなくてもいいから手を動かしてくれ」と要求するエラル。軽く口を尖らせながら、サクラは体を起こしてペンを握った。  こうして始まった朝の書類整理。ビルトールとアルゼットは九時に、ファロとケシュフェルは十時になって姿を現し、今日の体制が整った。  静かな冬の一日。  もうすぐ「序の月」が始まるため、その前に片付けておくべき書類が、今は多く回ってきている。一年を締めくくる書類、一年を始めるための書類、廃止にする法律や規定、新しく動き出す組織や体制についての最終決裁など、それはもう、様々だ。それを、ときどき院から担当者を呼んで確認するほかは、ただひたすら、「サクラ・ナナセ=レア・ミネルウァ」の名を記し続けていた。  フューリアはあれ以来、姿を見せていない。しかし、諦めた訳でもないと、騎士の誰もが彼の行動を注視していた。今回の傭兵雇用も、実力行使に出るつもりではと、警戒を強めている。そんなときに舞い込んだこの捕り物は正直、近衛騎士にとって、間が悪い。
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