Ⅺ 襲撃からの脱走

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 ケシュフェルが出て行き、サクラが落ち着かなさを紛らすかのように、部屋に置いている茶器を手にし、淹れる準備を始めた。眠っていた精霊二体が、緊張を感じたのか、目覚めてその手に(まと)わり付く。  暖炉に薪を組み上げ、ファロが火を入れた。人気(ひとけ)のなかった最奥は冷たく、暖気が回るのも時間がかかるだろう。こんなとき、サクラ専用の女官がいればと、ガゼルはつくづく思う。騎士がサクラの生活のすべてを管理しているが、サクラにしても、言い出せない不便はあるだろう。信用のおける者が、心から欲しい。 「ロゼ。今は出ていたほうがいいかも。ドレイクと一緒に、ユイアトさんのところに行ってて」  精霊を、悪意の塊にさらしたくない──そんな(あるじ)懸念(けねん)はわかるものの、ガゼルとしては耐性があるというドレイクくらいは残しておいて欲しかった。しかしサクラは細く窓を開けると、二体を外へと出して閉めてしまう。 「ドレイクは、そんなに耐性、ないです。一度力を放出すると、それを(ふる)いたくて、仕方なくなってしまう。ロゼとは別の方向で、自制が()かないんです。この間、ドレイクを使ってみて、よくわかりました」  ガゼルの希望を読んだように、サクラが言った。  そうして、平静を取り戻そうとする努力なのか、置かれている茶葉の缶を眺め、どれにしましょうか、と選択を始める。 「華やかな香りのと、しっかりした味のと、酸味強めのやつなら、どれがいいですか?」 「しっかりした味のですかね。ツェシェン、でしょう?」 「おお、正解! さすがですね」  茶葉の名前を言い当てたのに、サクラが素直に感嘆した。じゃあこれにしよう、と缶の蓋を開け、スプーンで人数分を計量しながらポットへと入れていく。  湯が沸くまでには、まだ時間がかかる。サクラは落ち着かない気持ちを、茶器を揃えたり磨いたりすることで誤魔化し、ファロは扉の向こうに、神経を尖らせていた。
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