Ⅺ 襲撃からの脱走

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 何か返そうとするファロとガゼルに、サクラがしぃっというように、口元に人差し指を立てる。そうして扉のところにいるファロを手招き、三人で頭を付き合わせる形になると、サクラは密やかな声で言った。 「窓から逃げましょう。相手の人数がここに集約されてるなら、時間は稼げるはず」 「しかしどこに? ………っ」  ダァン! と体当たりをする音。本気で破りに来ているのだと、誰もがゾッとした。 「ハーシェル王の執務室」  扉を見つめながら、低めた声でサクラが言う。  そのとき、扉の向こうから腹立ちをあらわにした怒声が響いた。 「開けろっつってんだろこのクソアマァ! 珍獣がエラそうに人様のマネしてんじゃねぇぞコルァ!」  ファロもガゼルも、一瞬「珍獣」の先をイリューザーかと勘違いする。しかしフューリアの言葉を反芻し、正しくはまさかの(あるじ)であることに、怒りに震えた。 「この……っ!」  ガゼルとファロがほぼ同時に剣に手をかけ扉に向かおうとするのを、二人ともがうしろからベルトを掴まれ、前進を(くじ)かれた。 「いいから!」  阻んだ少女は目をつり上げ、あっちに、というように強い視線を一瞬窓に遣った。主君に対する(いちじる)しい名誉毀損(めいよきそん)、それを無視して逃げろという命令に、ガゼルもファロも、腹に力を入れて奥歯を噛み締める。 「イリューザー。二階なら、あなたも跳べる?」  サクラの声に、イリューザーがグル、と返事をした。 「行きましょう」  言うなり窓に駆け寄った主に、焦げ付きそうな怒りを抑えてファロが問う。 「ここまで言われて、逃げて、良いのですか」 「いいです」  間髪入れずに、真剣な表情が答える。そうしてすぐに、場に似つかわしくないほどの笑顔で言った。 「『三十六計逃げるに()かず』って、言うんですよ。わたしの世界の兵法は」  言い終えるなり、傍に木の枝が伸びているところの窓を開ける。  騎士二人が飲み込めないことを、少女である(あるじ)は易々と越えた────そんな空気に呑まれ、ガゼルもファロも切り替える。二人と一頭で十二人。やれないこともないだろうが、主君を確実に護るには心許ない。ここは、己の感情を優先していい場面ではない、と。
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