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「一日で、このメルトゥッサを越えるんです?」
シンが訊くのに、サンドラは「無理か?」と首を傾げる。
この身軽な隊は、ここまでは平坦で整備もされていたことから、すでに八十ミルド(キロ換算で96)以上を移動してきた。しっかりと調教されたセルシア騎士団の軍馬は、普通の馬に比べ、かなりの体力がある。出来ないことはないだろうが、渓谷の地形は複雑だ。しかも雪と氷とに覆われた道を行く危険度は、これまでの比ではない。
「ならば、このままここでサクラ様を待とう。渓谷を越えた先なら安全に野営出来る箇所もあるが、渓谷の中だと心許ない」
「あくまでも、快晴なら移動する、ということにしませんか。あるいは先に、レフレヴィー伯爵に伝令を出すか。ここからビザンティンまで、直線距離でも四百二十ミルド(約500キロ)、伯爵が軍を整える時間も必要でしょうし」
レフレヴィー領出身の騎士・アレットの提案に、サンドラは頷く。
「ならばそうしよう。快晴なら渓谷も越えるし使いも出す。視界が確保できる程度の天候なら、ビザンティンへは行ってもらおう。行くのはヒルネスとリヴァだったな」
それぞれから「はい」と声が上がり、サンドラは懐から二通の手紙を取り出すと、一人ずつに渡した。
「渡しておく。セルシアの書状と、王の書状だ」
「レフレヴィー長官のお手紙は」
「サクラ様のほうに同封している」
セルシア騎士団の長官として、父に、というよりは「伯爵」に対して手紙を書くのは、これが初めてだ。領主に対する正式な命令文は、ハーシェルが王として形式的なものを用意した。サクラは挨拶と依頼の手紙を、サンドラはわかっている限りの経緯を書き連ね、情報を提供する内容を書き綴った。少し迷ったが、セルシア騎士団がどこでどう動く予定かも。クレイセスとも相談し、今までの経験からしてそういった場所に「何もない」ことは「ない」と、初めからの出陣を要請することにした。
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