序 雨と風の夜に

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「いえ……。雨の音で、目が覚めて。落ち着かない気分になったので、ここに来てみただけです。……フィルセインの考えていることが、全然わからなくて」  その答えに、クレイセスの眉間が僅かに(ひそ)められた。 「フィルセインの考えていること、ですか」  そう、と頷き、サクラは思っていたことを口にする。 「単純に王様になりたいなら、世界は健やかであったほうが治めやすいことないですか? フィルセインは世界を無駄に痛めつけて……こんなんで王様になったところで、自分を追い込むだけじゃないのかなって。それともレア・ミネルウァを従わせる、なんてことを、本気で(たくら)んでるんでしょうか。でも従わせたら、何がどう出来るのか……全然、思いつかなくて」  考えていたことを伝えれば、クレイセスは黙って領土の黒ずみに目を遣った。 「単純な、何もかもを支配したいという征服欲だけではない……サクラは、そう思うのですか」 「それも、わからないけど……レア・ミネルウァの全土を掌握できたら、満足するんでしょうかね? フィルセインてもともと、前の王様が残虐だから討つって名目で兵を挙げたんですよね? それも自作だった訳ですけど」 「ええ」 「直系のハーシェル王が立極して善政を敷いてる今は、その理由、通らなくなりましたよね。それでも進軍してるっていうのは、単純に征服欲がそうさせてるって、クレイセスたちは考えてるんですか?」  その問いに、クレイセスは遠くを見るように視線を上げ、溜息をついて言った。 「そうですね。正直なところは、そんなことを考えたこともなかった」 「え?」  意外な答えに思わず凝視すると、彼は穏やかな表情で続ける。 「目の前の火急事態に判断をくだしていくほうが先で、フィルセインが何を考えて進軍を続けているかなど……落ち着いて考えてみたことはありません」 「ああ……そっか」  その言い分にサクラは納得して、クレイセスの横顔から目を逸らした。
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