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「調べてみますか?」
「何を?」
「フィルセインについて。彼の現在を探るのは難しいが、戦争になる前までのことなら、多少は。新聞や、フィルセイン領と交易のあった者などから話を聞くことは出来るかと。彼に関する噂も含めて、我々では思いつけないことも、あなたなら、何か糸口を見出せるかも知れない」
クレイセスの提案に、サクラはそっと彼をうかがう。
「忙しい、でしょ? 今」
「まあ、そうですね。ですので、近日中にまとめます、とは申しませんが。その視点で少しずつ、情報を集めておきます。案外ユリゼラ様がご記憶のこともあるかもしれないので、サクラも聞いてみて下さい」
「ユリゼラ様?」
「彼女は、記憶力がすごいのですよ。体が弱くて、伏せっていた時間が長かったからだと仰るが、新聞でも書籍でも、目を通したものを大体覚えておられるんです。王妃教育として私の母がついていた時期もあったのですが、知識の面で不足なし、と早々に退がって参りました」
「さすがユリゼラ様……」
目を丸くしたサクラに、クレイセスの表情が緩む。……久しぶりに見る、彼の表情。
ホッとしたら寒気がして、同時に小さくくしゃみをしたのに、クレイセスが促す。
「今夜は冷えます。もう最奥にお戻り下さい」
それに頷いて、サクラは古の間をあとにした。
灯りを持っていないのはクレイセスも同じで、サクラは暗がりの中を、クレイセスとイリューザーに挟まれるようにして歩いて行く。雨は相変わらず激しいようで、来たときよりも気温が下がっているように感じた。会話もなく、ただ黙々と最奥まで戻る。耳に届くのは雨音と、風が吹きすさぶ音だけ。
「本当は、怖い夢でも、ご覧になった?」
無言のまま最奥へと辿り着き、扉を開けたクレイセスはサクラたちを先に中へと促す。静かに閉めると暖炉に目を遣り、小さな衝立が居座っているのを確認すると、使える状態にないことに、軽い溜息をついた。
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