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「……なんで、ですか?」
「旅の間、あなたは荒天の夜でもよく眠っていたので。今日の雨程度、室内なら本来は気にもしないくらいかと」
クレイセスの観察眼に、なんだか「降参です」と言いたい気分になりつつ、気怠そうな群青を見上げてサクラは言った。
「怖い夢、と言えば、そうなのかも。ダールガットの死体の山や、ニットリンデンの惨状や……記憶をなぞるみたいに、夢でたどるっていう、だけなんですけど。自分でも、夢だってわかってて、それを見てるんです。新しいことが、何か起こることもありません。わたしはただ……淡々と見てるっていう、ホントにそれだけ、で」
「少なくとも、気分のいい夢ではありませんね」
あっさりとした口調でそう言ったクレイセスは、机に置いていた燭台に火を付ける。そうして寝台の奥にある棚のひとつに向かうと扉を開き、上の方から毛布を一枚引き下ろした。
「明日には暖炉を使えるようにします。日中はまだ要らないかもしれないが、今夜のような日も増えてくるでしょうから」
言いながら、ベッドに毛布を広げてくれる。相変わらずの面倒見の良さに感心しながら、サクラは「ありがとうございます」と礼を言った。
「さあ、横になってください。レア・ミネルウァの所為ではなさそうなので、従騎士であることが有効かどうかはわかりませんが。あなたが眠るまではついています」
そこまではいいから早く休んでください……そう言いたかったが、クレイセスからはなんとも言えない圧を感じる。サクラは言葉を飲み込んで、ベッドに潜り込んだ。毛布が増えた分、外気が遮断されてずいぶんと暖かい。少し増えた重みも、心地よく感じた。そこに「お手を」と言われて素直に差し出せば、片手で握り、片手で上掛けを引き上げて整えてくれる。
クレイセスの大きな手が目元を覆うと、耳に聞こえてくる雨と風の音が、より激しくなった気がした。
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