序 雨と風の夜に

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「何を、考えているんです?」  クレイセスからの再びの問いに、サクラは目を開けた。 「クレイセスは……なんでハーラルさんみたいな人との婚約、解消したんですか?」  少し目を見開いたクレイセスが、クッと小さく笑った。なんだそんなこと、とでも言いたげな表情だが、質問には丁寧に答えてくれる。 「先王が錯乱して治世が乱れ、王族が一人もいなくなった時期……私を次の王に、と推す連中がいました。母が王の妹ですから、サンドラと私が、血統からすれば最も直系に近いので。しかし私は、ハーシェルが死んだとは思えなかった。ほかの王子や王女の遺体は発見され、確認もしましたが、ハーシェルだけは、行方が掴めませんでした。それだけに、あいつは時機を見ているのだろうと。ハーシェルが立つのなら、私はそれを支えるつもりでした。ですがそれは、先王の死が前提となる話です。残虐な進軍を続けるフィルセインが、急激に領土を広げていっていたときでもあります。フィルセインにつくのか、消えた王族に義理を立てるのか……貴族たちは迷いに迷いました」  落ち着いた低い声が紡ぐ説明を、サクラは黙って聞く。外から聞こえる烈しい風雨の様子も、話を聞いているときには気にならなかった。 「先王に頻繁にお目に掛かっていた訳ではありません。ですが時折だからこそ、衰弱の早さに異常を感じました。裏から先王が口にしているものすべてを入手して調べ、フィルセインにたどりついた。先王が自らの意志でこうなったのではないことがわかり、つらくもなりました。きっとそう長くはない。けれど王が生きていればいただけ、世界は混乱していく。……ハーシェルの行方がわかるのがもう少し遅ければ、私が先王を、殺害したかもしれないのです。そう思ったとき、身辺を綺麗にしておくことを思い立ちました。王の寿命を待たずに王になること、それは事態がどうあれ簒奪(さんだつ)です。どう転ぶかわからない先に、あちらの家を巻き込むことは止めておこうと思ったのですよ」
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