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序 雨と風の夜に
夜。
サクラは雨の音に目を覚まし、そっとベッドを抜け出した。
窓辺に歩み寄ってカーテンを開けても、外灯のないここでは外の様子を確認することは出来ず、真に暗い、夜の闇が見えるだけ。窓を叩くように濡らす雨の激しさに、どこか不安を煽られたに過ぎなかった。寒さを感じて小さく身震いすれば、サクラが起きた気配を察したイリューザーが欠伸をしながら寄ってきて、ぴたりと身をつけて隣に座る。やわらかな鬣と、放熱される体温のぬくもり、そして寄り添ってくれる彼の気持ちの優しさに、サクラの頬は緩んだ。
「古の間、付き合ってくれる?」
言うと、イリューザーは再度欠伸をしながら、のそりのそりと歩き出し、ソファに放っておいたストールを咥えて振り向いた。なんて気が利く子なんだろう、とサクラは驚きとともに笑い、それを受け取る。肌触りの良いストールを広げて肩と腕を包むと、わずかに寒さが和らいだ。十月下旬。そろそろ本格的に冬物が必要な時期だ。
ちらりと時計を見れば、二十三時を回ったところ。明日の朝も早いから、日付が変わるまでには戻ろうと、サクラはイリューザーとともに、最奥を出た。
暗がりに慣れた目は、灯りを必要とはしない。人気のない廊下を、イリューザーと連れ立って歩いて行く。雷が時折、夜を撫でるような音をたてているのが聞こえて立ち止まったが、遠いようで、すぐに雨の音ばかりになった。
古の間に着くと、サクラは扉をそっと開いて中に滑り込み、大きな土の塊に置いてある大神殿の模型に触れる。そこからゆっくりと淡い光が広がり、綠の大地が起伏を描いて姿を現した。ぼうっと、暗い部屋に浮かび上がるような、レア・ミネルウァの今の姿。
サクラが巡って来た場所は、美しい綠や、実りを示すかのような黄金色を見せている。
しかし南は。
相変わらず、高温のマグマを隠した岩肌のような、黒々と熱を帯びた痛みを、視覚に訴えていた。
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