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サトウノボル君は、事件の次の日に罰ゲームのことを改めて謝ってくれた。ちゃんと私の名前を呼んで。私も「ゴミカス」と言ったことを謝って、この話はおしまい。
で、私は今、生徒指導室の前でスマホをいじりながら怜音を待っている。期末テストは三日前に終わった。先生と保護者達はテスト期間中も話し合いを続けていた。私は(催涙スプレーはやり過ぎだったとはいえ)友達を助けるためだった、ということで担任からのお説教だけで済んだ。母親からは「どうでもいいことで手を焼かせないで」と言われた。どうでもいいこと。そう、どうでもいいのだ。私にとっての恋愛と同じ。私は、恋人のために一生懸命走る人に共感できるようになったけど、やっぱり感動はしない。心は動かない。この価値観の違いは、そのうちぶつけ合うことになるんだろうな。親子だから。家族だから。そう考えると鬱だけど、生徒指導室から出てきた怜音の驚いた顔を見たら全部吹き飛んだ。
「愛果? え、なんで?」
「生徒指導室に呼ばれたって聞いたから……。その、待ってた」
今更なぜか気恥ずかしくなって、私は目を逸らしつつ軽く手を振った。先生が出てくる前に離れて、廊下の適当な壁に並んで寄りかかる。
「で、どうだった?」
「厳重注意。あいつらも同じ処分だって。ま、どっちもどっちだからね。私も悪かったし。あと、ヤマシタさん達には、この話を外部に漏らさないようにキツく言ったって」
「そっか」
昼休みだから廊下を通る人が多い。男子の目は怜音に引きつけられ、女子は奇異な目を私に向ける。私達が幼馴染みだと知らないから妙な組み合わせに見えるんだろう。
「ねぇ、怜音。どうして罰ゲームのことを先生に話さなかったの? 自意識過剰って言われたけど、怜音があんなことをしたのは、やっぱり私が話したからだよね?」
「愛果がそう思いたいなら、それでいいよ」
「そういう言い方はズルくない?」
「……罰ゲームってことはさ、愛果に告るのがそいつらにとっての『罰』になってたわけじゃん」
僅かな沈黙の後、ぽつりと怜音は言った。
「正直、ムカついたし。それで話を聞いた人が、愛果のことを『そういう感じの扱いをされる人なんだ』って感じで見るのも嫌だった。ウザいじゃん、そういうの」
「それはまぁ、そうだけど。でも、原因をちゃんと話さないと、怜音が誤解されるでしょ?」
「わかってほしいなんて最初から思ってないよ。やったことは事実だし、『愛果の代わりに復讐してやったんだ』とか言って何になるの。私が勝手にやっただけで、愛果には全く関係無いのに」
話を聞いているうちに私の表情は自分でもわかるくらい渋いものになった。それを見て、怜音が笑う。
「なに、その顔。どんな感情なの」
「なんか気恥ずかしいような、申し訳ないような……。こんな時、どんな顔をしたらいいのかわからないんです」
「……友達ヅラでもしといたら?」
友達ヅラってどんな顔よ。とりあえず笑ってみたら、怜音も微笑んだ。
「助けてくれて嬉しかった。ありがと」
この流れでそれは、照れるじゃん。私はちょっとだけ頷いて前を向いた。
「私さ、今回のことで思ったんだよね。怜音がみんなから『ビッチ』って呼ばれてんの、怜音のことを何も知らないからだろうなって。イメージっていうかさ」
「……『ビッチ』とか、本人の前で言う?」
「怜音ってさー、何だかんだ言って優しいよね」
「は?」
「夜道を歩く私に催涙スプレー渡してくれるし。マジ気遣いの帝王」
「なに、急に。ちょっと……」
「私の手が綺麗とか気付いて、嫌味無く褒めてくれるところも。あれ、すっごい嬉しかった」
「だから……」
「あの時塗ってくれたネイル、落とすの本っ当に嫌だった。手先も器用だよね」
「やめて」
耳まで真っ赤にしながら両手で顔を覆う怜音を見て、「あぁ、そうだった」と、懐かしくなる。怜音は私のことを「変わらない」って言ってたけど、怜音だって変わってない。不器用で照れ屋。こういうとこ、みんなは知らないし、きっと興味も無い。興味が無いからどうでもいい。その気持ちはわかる。
興味の無いものを押しつけられるのはウンザリするしムカつく。だから、怜音のことをみんなに知ってほしいとは思わない。まぁ、勝手に知ってしまうぶんには仕方ないと思うけど。
「怜音」
「なに」
「廊下で擦れ違ったら絶対に手を振るから。声だってかける。だから、こっち見てね」
「バカ。そんなことしたら、あんたも変な目で見られちゃうじゃん」
「そういうの、どうでもよくなっちゃった。『怜音』って呼ぶよ。いいでしょ?」
「…………」
「ね」
「……うん」
顔を覆っていた手を僅かに下ろして、怜音は小さく頷いた。
昼休み終了のベルが鳴る。
私達は、その場から離れて並んで歩いた。顔を上げて。でも、それがなんだかくすぐったくて、どちらともなく笑った。
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