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だからといって、それから怜音との距離が近づいた、なんてことはなく。廊下で見かけてもお互いに気まずく目を逸らすだけ。友達や他の人達の目を二人して気にしてる。声をかけようにも、何て言って話しかけたらいいかわからない。きっかけが掴めない。
怜音から貰った催涙スプレーは、一応制服のポケットに入れておいてる。幸いにも使うような場面には遭遇していないけど、備えがあるのは心強かった。
それ以外は、いたって普通の毎日。でも、期末テストが来週に迫ったある日、仲間うちで不穏な噂が流れた。怜音が、四組のサトウノボルのグループを破壊したらしい。
「てか、なんで? あいつ、ゴトウ先輩とつきあってたんじゃないの?」
「デマじゃね? あのビッチが、あんなダサい奴ら相手にする? なんか信じられないんだけど」
「マジだったら、サークラじゃん。怖」
私は、いつものように顔を伏せて熱心に猫ちゃん動画を漁ってるふりをした。だけど、心臓はバクバクで冷や汗までかいてる。怜音がサトウノボルのグループに近づいて振り回し、関係性をめちゃくちゃにした……?
「そういえば、最近あいつら連んでなかったぽいじゃん? 合同体育でも違うグループに入ってたし。案外、本当かもね」
複雑な気分だった。あの罰ゲームの時、あいつらは隠れて私のことを笑っていたはずだ。それを考えるとムカつくし、こんな結果になって「ざまぁ」って思うのが普通なのかもしれない。でも、正直あまりスカッとはしなかった。もし、この話が本当なら、どうして怜音はそんなことをしたのか。そればかり気になった。
だから、直接訊くことにした。玄関でインターホン越しに怜音のお母さんと話し、怜音を呼んでもらう。
「ビックリした。家に来るとか何年ぶり?」
Tシャツ短パン姿の怜音が、出てくるなり目を丸くしてそう言った。
「急にごめん。でも、怜音に訊きたいことがあって……。四組のサトウ君のグループを壊したって、ほんと?」
「あぁ、アレ……。もう広まってるんだ」
髪をかき上げて面倒くさそうに答える。
「なんでそんなことしたの? 私が話したから?」
「まさか。愛果、自意識過剰~。前から気に食わなかったから遊んでみただけだよ。まぁ、あんなに上手くいくとは思わなかったけど」
悪びれもせず楽しそうに話す怜音は私の知らない人のようで、私の脳がバグったのかと一瞬焦った。でも、違う。目の前にいる人は、ちゃんと怜音だ。
「……私、罰ゲームに巻き込まれて本当にムカついたの。だから、人の気持ちを弄ぶ奴らなんかどうなったっていいって思ってる。でも、怜音にはそんな……サークルクラッシャーみたいなことしてほしくなかった」
「へー。中学に入ってから今までろくに話もしなかったくせに、急に友達ヅラ?」
怜音の目も声も冷えきっていた。言葉が刃になって「思い上がるな」と斬りつける。そうだった。私はもう怜音の友達じゃなかった。ビッチ呼ばわりをずっと放置していたくせに、家にまで来て説教を垂れる身勝手な隣人。ウザいことこの上ない。急激に居たたまれなくなって、私は怜音から目を逸らした。
「……ごめん」
我ながら卑怯な謝罪だと思った。怜音は苛立ちを抑えるように溜息をついて、
「とにかく、アレは私がやりたかったからやっただけで、あんたには関係無いから。いいでしょ、それで。じゃね。バイバイ」
と、早口で言って、家の中へ戻っていった。ドアの閉じる音が聞こえるまで、私は俯いたまま動けなかった。
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