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知らない場所
辺りを見回す。どうやらレンガ積みの家の一角にある部屋にいるみたいだ。小さな窓から入り込んだ光で、今の時刻が昼あたりだろうというのは、分かった。
「おいおい、俺がいたのは真夜中で、しかも屋上から落ちたんだぞ」
今さっきの出来事だ。鮮明に覚えている。それなのに、目を開けたら見知らぬ場所にいましたって……どんなどっきりだ。気絶してたにしたって、タイムラグがおかし過ぎる。
試しに頬を引っ張ると痛い。左胸に手をあてる。心臓は問題なく鼓動を刻んでいた。
「夢じゃ……ないな」
目の前には、俺のように状況を理解できてない男が何人いて、俺と同じように辺りを見回している。しかも、全員外国人。なんの冗談だ。俺はそこまで英語得意じゃねぇんだぞ。
「召喚は成功したみたいだな」
「あ?」
突然部屋の扉が開いたと思ったら、ぞろぞろと奇抜な髪色の男達が入ってきた。どいつもこいつも、異様に顔立ちがいい。それが逆に不気味だが。
「え!? 黒髪!? 俺初めて見た! すごい! 天然物だよ!」
「俺も初めて見た。……顔もそこそこだし、高く売れそうだな。ケガしてるみたいだから、あとで治療しないと。傷ものになったら、価値に響く」
ここに黒髪の奴は、俺しかいない。つまり、こいつらは、俺の事を言っているのだろう。なんか、値踏みされてるみたいで、気分が悪い。
不意に、近くにいた外国人が何やら男達に向けて言い放った。英語で正確にはわからないが、ここはどこだみたいな事を言ったのだろう。
「なんと言ってるかは分からないが、ここはお前達の世界とは違う。ここでお前たち人間は、家畜やペットとして扱うことになってる」
「は?」
今、なんと? 家畜? ペット?
「俺達の言葉はわかるんだろ。なら、抵抗するな。俺達の指示に従ってれば、少しは長く生きていられる」
「まっ、変なことしたら、人肉屋に引き渡されて、そこでミンチにされて、俺達の口に入るだけなんだけどねー」
「おい、あまり変な事言うな。暴れられたら面倒だ」
「へーい。じゃ、ちゃっちゃと査定室に連れて行きますか」
男達の手には、鉄の枷。確実に分かるのは、ここで捕まれば、俺はどこぞの知らない奴の腹に収まるか、ペットとして飼われる事になるということだ。
そんなの、死んでもごめんだ。
「暴れないでよ」
紅髪の男が近付いてきたので、俺は身構える。チャンスは一瞬だ。その一瞬を逃せば、俺は逃げ出せない。なんとなく、そう思った。
男が手を伸ばしてきた瞬間。俺は、その手を掴み、投げ飛ばそうとした。
が。
「うわ!」
男は、自分の手を掴もうとする俺の手首を掴むと、そのまま背後で捻りあげ、床に押し倒した。思い切り体を床に打ち付けられたせいか、一瞬息が止まったが、この位で大人しくなる俺ではない。なんとか男の下から出ようと全力で暴れた。しかし、全く拘束は緩まない。
こいつ、どんな筋力してるんだよ!
「離せ! くそ!」
「こらこら暴れなーい。君が一番価値高いんだから」
「この! 離せぇ!!」
「ジーク。そのままお前が拘束して査定室に連れてけ。その暴れ具合だと、枷だけじゃ逃げる」
「はーい。にしても、君いい匂いだね。ねーえ。アルクレイド。ちょっと味見してもいい?」
「唾液だけだぞ。ついでにお前の体液を飲ませてやれ、少しは大人しくなるだろう」
「はーい」
「んん!」
ふざけんなと叫ぶ前に、何かを口に突っ込まれた。よく見ると男の指が、奴の髪色と同じ触手になっていた。
まさか、人の皮を被った化け物だったとは。周りの外国人は俺の状況を見て怯えているのか、俺の事を助けることなく大人しく拘束され、化け物の仲間達に、部屋の外へと連れてかれていく。
その間にも、触手は俺の口の中で暴れ回り、唾液を吸い取っていく。はっきりいって、気持ち悪さしかない。
「うーん。君の体液、普通の人より甘いねぇ。これは高く売れるなぁ」
「ん! ふぅ!」
「噛んでも無駄だよ。俺達触手族は物理効かないから」
「ん!」
喉奥に触手を突っ込まれたかと思ったら、何か液体を吐き出される。思わず飲み込んでしまったが、嫌な予感以外になにかあるなら教えて欲しい。
「普通なら、弛緩効果しかないみたいだけど、相性がいい奴の体液だと、媚薬効果があるらしいよ」
人間の体って本当に面白いよね。なんてのんきなこと言いながら、未だに口の中を弄ってくる化け物。いい加減、顎が疲れてきた。しかも、言われた通り、こいつの体液を飲まされれば飲まされる程、体に力が入らなくなっていく。
「一番美味しい体液は、ここから出る白いのらしいけど、さすがにそれまで味見したら、アルクレイドに怒られちゃうからね」
「ふぅ!」
こいつ、服の上から股間触ってきやがった! ってことは、まさか、こいつの言ってる一番美味しい体液って……。
「遅いジーク! 早くそいつ連れて来い!」
思わず固まっていると、先ほど、アルクレイドと呼ばれていた化け物が顔を出す。いつの間にか部屋には、俺とジークという奴だけになっていた。
「はーい」
「かは!」
やっと口から触手が抜け、新鮮な空気が肺を満たす。俺の唾液にまみれたグロテスクな触手は、一瞬で人間の手に戻るから、不思議だ。
「じゃ、行こうか」
その後、ジークに連れていかれた場所で、俺は全裸に剥かれ、査定員という化け物に、くまなく体を弄られた。触手が這う感覚は、滅茶苦茶気持ち悪く、力の限り暴れたが、さすが物理の効かない化け物。難なく押さえられ、最終的には検査台へ磔にされた。あれほど惨めな姿は早々ないだろう。
それから、俺は牢屋に閉じ込められた。よくマンガで出てくるような、格子の嵌ったタイプのやつだ。
「俺は絶対にここを抜け出して、元の世界に帰るんだ!」
決意を胸に、あれやこれやと脱走方法を考え、実行するものの、何故かいつも捕まってしまう。けれど諦めず、日夜脱走劇と捕獲劇を繰り返していたら、ここに来て既に数週間が経過していた。
それで、気づいたことが一つ。
「……。ここの生活、意外に快適だ」
何も言わなくても、時間になれば食事は出てくるし、毎日のように、体(特に念入りに髪)を洗われるせいか、ここに来る前よりも髪艶が良くなった。髪の色で人間の価値を決めるくらいだ。きっと商品の価値を上げる為なのだろう。ジーク達が家畜なんて言っていたから、よく漫画であるような粗末な扱いでも受けるのかと身構えていたが、なんともまぁ拍子抜けだった。
昼間、化け物達の見世物にならなければな。
きっとペットショップの犬猫もこんな気分だったのだろう。
「黒髪か」
「生意気そうだな」
「おい、こっち向け」
全部聞こえているが、答える気も、反応する気もない。
来る奴来る奴、奇抜な髪色をしているが、全員美形。嫌味にしか思えない。
「あの人間、黒髪なのに、全然売れないな」
「この子と一緒に召喚した人間は、全部売れたのにねー。値段下げる?」
「明日売れなかったら、店長に相談しよう」
閉店後、アルクレイドとジークが俺の事を話しているような声が聞こえた。どうやらこいつら、飼育員も兼ねているらしい。ちなみに、俺の担当はジークだ。
「あいつら、全員売られたのか……」
あの場所で一緒になっただけだし、悪く言えば、化け物に襲われている俺を見捨てた奴らだ。別に、なんの感情も抱かない。だが、まぁ、ここと同じくらいのまともな生活を送れる奴の所に行ければいいんじゃね。とは、少し思った。
俺は、売られて化け物のペットになる気も、ましては喰われる気もねぇが。
家に帰る。それが俺の最大の目標だ。
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