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指輪
「最近の人間ブームで、装飾品の扱いも増えましたので、気に入るものがあると思います」
「ホクトの見立てで、何個か選んでくれ」
「そうですね。この人間にあうとしたら、このあたりでしょうか」
ホクトは少し悩んだ後、俺と化け物の前に数個の装飾品を並べた。
ピアス、指輪、腕輪……。どれも高価そうだ。
「お前はどれがいい」
言われても、俺はこういうの選ぶのめちゃくちゃ時間かかるんだよ。それで前、店員に呆れられたことあるし。
だから、いっそのこと。
『お前が選んだのがいい』
くれるなら、最後まで選んでくれ。
「そうか」
化け物は、並んだ装飾品を眺めると、一つ手に取る。
それは、透明な魔石が組み込まれた銀の指輪。シンプルなフォルムなのに、よく見ると細かな装飾が施されており、どこか壮美な印象を受ける。
「これがいいな」
「さすが兄様。それは今人気の商品になってます」
「そうなのか」
「その指輪に嵌っている魔石の正式名称は、魔力変色魔石と言います。名前の通り、触れた者の魔力に反応して色が変わる魔石になっていまして。自分の所有物の証として、人間につけたいというお客様が増えてます」
「それは面白いな」
「兄様なら、触れるだけで変わると」
言われる前に、魔石に触る化け物。覗き込んでみると、魔石が化け物の花弁と同じ色になっていた。
「あぁ、兄様の魔力が篭った魔石。なんと美しい」
うっとりと魔石を見つめるホクトの顔は、絵になるのだが、如何せんセリフがブラコン全開だからなんとも言えない。
「そうか?」
兄の方は全然気づいてないがな。なんだろう。少し不憫だ。
「これでいいか?」
『それがいい。あと、首紐も欲しい』
「何に使うんだ?」
『料理する時は首から下げる』
衛生上の関係だ。これは譲れない。
「分かった。ホクト、指輪とこれに合う首紐を。指輪はこのまま貰う。それと、俺の装飾品も適当に包んでくれ」
「かしこまりました」
ホクトが奥に引っ込むと、化け物は指輪を持ったまま首をかしげた。
「俺がつけてもいいか?」
頷き、両手を出すと、躊躇いなく左手の人差し指に嵌められた。
「……」
何故ここなんだ。しかもピッタリ。なんか測ったかのようでなんとも言えねぇ。
「似合うな」
ま、化け物が満足そうだからいいか。そういえば、指輪なんて初めてしたな。指に何か嵌ってるとうずうずするかと思ったが、思ったよりも違和感なくて驚いてる。
そんな事を考えてるうちに、ホクトが小さな袋を抱えて戻ってきた。
「兄様、こちらでよろしいでしょうか?」
「大丈夫だ。ありがとう」
「いえ、兄様のお役に立ててなによりです」
「また来る」
「いつでもお待ちしております。今度はおまけなしで」
俺はおまけかい。
初めから最後まで塩対応なホクトに、俺は少し苦笑を浮かべながら馬車に乗る。
「人間風情が兄様に可愛がわれるなんて、許さない……」
俺らを見送ったホクトが、そんな事を呟いていたなんて、梅雨知らず。
その後、俺は化け物と数件店を周り屋敷に戻った。俺は化け物に本を買ってもらえて、めっちゃテンション上がってる。これで少しでも元の世界に繋がるヒントが得られればいい。
「セルフィ、戻った」
『ただいまセルフィ』
「おかえりなさいませ。旦那様、トール様。……おや、トール様。その指輪は?」
『もらった』
「そうですか。その指輪は自分で付けたのですか?」
『いや、付けてもらった』
俺の返答にセルフィは、少し何かを考えたあと、耳打ちをしてくる。
「人間はどうか分かりませんが……その指は、我々にとって、一番重要な部分に繋がる場所になります。そこに指輪を送る意味はーー」
ーーポカポカ。
「ん? どうした? セルフィもなんで笑ってる」
「いえいえ、旦那様も随分と粋なことをなさるなと」
自分の背中を叩く俺の姿と、少しにやけていたセルフィの表情に化け物は合点がいったようだ。
意味有りげな笑みを浮かべながら、首を傾げて。
「なんのことだ?」
なんて、言いやがった。
「この、キザ野郎!」
化け物たちにとって、左手の人差し指に指輪を送る意味。 それは……。
一生、離さない。
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