55人が本棚に入れています
本棚に追加
思い出した影は※グロ注意
「この! 人間の分際で!」
腹にさらなる痛みが体を貫く。血で塗れた視界をゆっくり下ろすと、ナイフが俺の腹にずっぷりと埋め込まれていた。それが、スローモーションで、血肉をまとわせながら、俺の体を出ていく。
ぽっかりと開いた穴から、遅れて大量の血が吹き出し、服を濡らしていく。
これはさすがに、やばくないか……?
せり上がってきた熱いものを吐き出しながら、地面に倒れる。
壁の隙間から入ってきた月明かりに照らされたそれは、どす黒い光沢を持って、俺の顔の横で揺らめいていた。
「この! この!」
ぼやけた視界の中で、俺の右目を潰した獣族が、俺に馬乗りになって何度も俺の体へナイフをつきさし、殴る。反射で体は跳ね、俺の体から飛び出した血が、部屋を徐々に赤く染めていく。俺にはわかんねぇけど、こいつらは鉄くさい臭いをぷんぷん感じてんじゃねぇかな。
本当は殴ってでもやめさせてぇんだが、既に血を流しすぎてるのか、抵抗らしい抵抗をする力が今の俺にはもうなかった。ただ暴力を受け入れるだけのサンドバッグ。そんなものに、成り果てていた。
たく、過去の俺が見たら殴りかかってきそうな醜態だ。
「おい! そいつ黒髪だぞ! そんな傷物にしたらボスに怒られる!」
「既に傷物なんだ。それならいっそミンチにして食っちまった方がバレねぇ!」
言いながらも、獣族は俺の体をずたずたにしていく。
寒い、熱い、怖い、痛い、苦しい。
体がグチャグチャな感覚をひっきりなしに脳へ送ってきている筈なのに、俺自身の反応は、膜にでも覆われたかのように、どんどん薄いものになっていく。
ーー俺、このまま死ぬのか?
ぽつんと浮かんだ言葉に、ふっと意識が晴れるのを感じた。そうだ、これはこの世界に来る前に感じた感覚。
死にたくない。だって、俺にはまだーー!
《トール》
「っ!」
不意に、脳裏を過ぎったのは、化け物の姿。思わず目を見開いた後、笑ってしまった。
「……はは」
なんで、浮かぶのが母さん達じゃなくて、あいつなんだよ……。意味がわからない。
最初のコメントを投稿しよう!