奇妙な出会い

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奇妙な出会い

 次の日。また、何匹かの化け物達が、俺達を見に来た。  少し見ては、ほかのやつのいる牢屋に足を向ける化け物達。そんな中、俺の牢屋の前で立ち止まる奴がいた。 「……」  いつもこの時間は、化け物達と顔を合わせないように、格子の方へ背を向けてふて寝をする俺だが、あまりに視線が痛くて、思わず振り返る。  見た目は、20代くらいだろうか。猫っ毛らしい、柔らかそうな蒼髪は、男にしては少し長く、肩に付いていた。切れ目の瞳は、新緑色。透き通るような白い肌に、美麗な顔立ち。2メートル近くありそうな体躯は、高価そうなスーツを見事に着こなしていた。  そいつは、どの化け物よりも美形で、少し儚げに見える。まるで、夜に咲く花のようだ。 「……」  俺はそいつから目を離せなくなる。何故だか分からない。だけど、もっと近くでこいつを見たいと強く思った。 「……」  体を起こし、格子ぎりぎりまで近付くと、正面から化け物を見つめる。  長い間、いや、数分、数秒だったかもしれない。とにかく、俺は時が止まったかのように、そいつを凝視していた。  不意に、化け物が目をそらし手を上げる。 「主人」 「はい、なんでしょうか?」 「こいつが欲しい。幾らだ」 「はい。これでいかがでしょう?」 「分かった。買おう。それと人間を飼うのに必要な物を適当に見繕ってくれ」 「お買い上げありがとうございます。すぐにご用意しますので」  どうやら俺は、こいつに買われたらしい。そこで、はっと我に返って頭を抱えた。  買われてどうする俺!? 「いや、近付いたのは俺からだし。いやいや、視線が痛かったからつい!」  自分の行動に、自分自身が混乱する。こんな事、初めてだ。 「おーい」 「なんだよ! むぐ!!!!」  パニックになった頭のまま、肩を何かで叩かれたので、何も考えず振り向いたら、口に何かを突っ込まれた。  この感触、嫌でも分かる。ジークの触手だ。  どうやら、俺が混乱しているうちに、あの化け物 は店長に連れて行かれたらしい。辺りを見回すが姿がない。代わりのようにジークが俺の牢屋に入ってきていた。 「珍しーね。黒髪ちゃんが素直に振り向くなんて」 「うっへ」 「こら、噛まない噛まない」  俺がお前の触手を噛むのは、もう反射だ。  最近、こいつの触手の感覚が気に入ってきてるなんて、死んでも言わないけどな。 「さて、俺達もそろそろ行くよ」 「んぐ!」  触手が吐き出した体液を思わず飲み込む。どうやら逃げない為の防止らしい。くそ、絶好の逃げ場面だったのに。 「君とはお別れか。寂しいな」  俺を担いで牢屋の外に出たジークがボソッと呟く。俺はせいせいするけどな。お前、俺の飼育員っていうの建前にして、毎回体弄るし。 「あの人、俺の兄さんの親友で、いい所の社長さんだけど、人間飼うの初めてらしいから、気を付けてね」  なにをだ。食べられないようにとかか? 「まぁ、君は暴れん坊で、脱走常習犯だけど、体液美味しいし、可愛いところも沢山あるから、上手くやれるんじゃないかな?」 「体液美味しいと可愛いは余計だ、アホ」 「あ、今俺に文句言ったでしょ」 「……なんで分かるんだよ」 「だてに、召喚師兼飼育員やってないからね。言葉はわからなくても、なんとなくニュアンスで分かるの」    はい、そーですか。 「じゃ。君が幸せな最期を迎えられることを祈ってるよ」  健闘祈りするな。俺は死ぬ気はねぇ。  まぁ、こいつは悪い奴ではなかったけどな。最初程、化け物に嫌悪感がないのは、ジークの影響もあるし。だが、それはこいつ限定だ。他の奴らは警戒心以外何もない。  そんな奴に、伝わらないとはいえ、何も言わない程、俺は薄情なやつじゃない。 「……世話になった」 「なに、お礼言ったの? もう、本当に可愛いなぁ」 「うっせぇ」    そうこう言ってるうちに、さっきの化け物達のいる部屋についた。俺を買った化け物の後ろには、執事なのか、燕尾服を着た奴がいて、こんもりと荷物を持っていた。きっとあれが、俺を飼う為の道具なのだろう。服が入ってるぽいのは何となくわかったが、それ以外の箱は、なにが入っているのか、考えたくもない。 「てーんちょ! 商品連れて来たよ」 「丁度良かった。今契約が終わったところだ。先ほどもいいましたが、この人間は脱走癖があります。飼育用にするのであれば、普段は檻に入れておくか、脱走防止用の家畜契約をすることをおすすめします。サービスでどちらかお付けできますが、どういたしますか?」 「……。おい人間」 「あ?」 「こっちの言ってる言葉は分かるのだろう? お前はどっちがいい?」  なに言ってんだ。こいつ。 「どっちも嫌に決まってんだろ」 「多分、どっちも嫌って言ってますね」 「どっちか選べ。契約なら一回。檻なら二回頷け」 「……」  思わず押し黙ってしまった。契約なんてしたら、きっとこいつが契約を破棄しない限り、離れられなくなるだろう。かといって、檻に閉じ込められるのもごめんだ。  俺の目的は、元の世界に、母さん達の元に帰ること。そのためには、情報が必要。そうなれば、選択は一つしかない。 「……」  俺は一回頷いた。檻に入れられるよりは、情報が収集しやすいからだ。それに、元の世界に戻れば、契約もなにも関係ない。 「では、契約をしますので、こちらへ」  俺は、ジークに連れられ、魔法陣の上に降ろされる。目の前には、あの化け物。店長が何か唱え、今度は化け物の体液を飲まされた。直後、魔法陣が光ったと思ったら、俺の左胸に、何かが浮かぶ。  限りなく黒に近い赤の花弁をもった薔薇とそれを閉じ込めるように這った茨の紋様だ。俺は何故か、この薔薇の名前を知っていた。  これは、ブラックバカラだ。 「この紋章で囲んだ場所から人間が出ようとすれば、体に激痛が走るようになっております。近くに旦那様がいれば、それに縛られることはないですが、旦那様から離れれば離れる程、痛みを発するようになっておりますので、ご注意ください」  店長が俺のいる場所でこれを話すのは、それを知っていれば、俺がこいつから逃げることはないと思っているからだろう。  残念だな店長。俺は逃げる気満々だ。 「なにか分からないことがありましたら、遠慮なくお問い合わせください」 「分かった。行くぞ人間」 「ちょっ、担ぐな!」 「またねー。黒髪ちゃん」  ジーク達に見送られながら店を出る。  実は、俺、こっちに来てから、あの召喚された部屋と牢屋、査定室しか見たことがなかった。  だからだろう。ずっと心の片隅で思っていたのだ。実は、異世界なんていうのは嘘なんじゃないかと。いや、ただ単に、事実を認めたくなかっただけかもしれない。  だが、その時、俺は初めて現実と直面する。 「な……」  空を飛び交うドラゴン。二足歩行した獣。馬車を引く、見たことのない生き物。ちらちらと目の前を舞う妖精。 「うそ、だろ」  漠然と、けど確実に分かった。理解してしまった。  俺は、全く別世界に来てしまったのだと。 「……」  本当に、元の世界へ帰れるのだろうか?  考えまいとしていた不安が、俺の心を微かに揺らした瞬間だった。
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