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誰かが心地よいリズムで椅子の背もたれをトントントンと叩く。
微かな振動に身をあずけながら振り返ると見知らぬ男の子がいたので、思わず首を傾げ
た。
「ねぇ、俺のこと覚えてる?」
高校最後のクラス替えがあった春先、出席番号で後ろの席になった男の子に話しかけら
れた言葉がそれだった。初めて同じクラスになった男の子だったのだが、どこかで会った
ことを忘れているだけかもしれないと思い、頭をフルに回転させてみる。
部活も違う。私は茶道部だったが、男子部員は今現在は一人もいない。委員会なども一緒になったことはない。そもそも面倒な委員はしないように、クラス内の係ばかり担当してきた。消去法で考えていくとやっぱり知らない男の子だった。
仕方ないので遠い過去の記憶まで手繰りよせるが、小学校も中学校も小さな学校だったので、名前と顔が一致しないことはあっても、顔がわからないということはまずなかった。同じ学年ならなおさらである。
つまり、今、目の前にいるこの男子は、いくら考えても知らない男の子だった。
「どこかで会ったことあったっけ?初めて同じクラスになるよね」
「さて、どうでしょう」
「いやいや、初めてだよ」
彼の顔を真正面から見つめる。薄めの顔立ちに切れ長の目。やや褐色の肌に髪は長くも短くもなく、イケメンというわけではないが清涼感があった。
「名前は?」
「小瀬木良聖」
「小瀬木くん?聞いたことないなあ」
「そお?」
何か含んだ表情を浮かべている。
「私の名前はわかるの?」
「わかりませんね」
「え、話しかけてきたくせに?久美山蒼だよ」
「久美山さんね。今覚えた」
自分から話しかけておいて名前も知らないなんて、不信感を抱かずにはいられない。
「本当に私のこと知ってるの?まさか……ナ(ナンパ的なやつ?)」
「それはナンパされるほど自分はかわいいって意味かな?」
小瀬木くんはにやにやしていた。
「いやっ、ち、違う。それは断じて違う!」
急に自分が言ったことが恥ずかしくなって、顔が熱くなる。
「それは違うんだけども、もしかしたらって。世の中にはいろんな好みの人がいるでしょ?ごめんなさいだけど、小瀬木くんのこと全然知らないし」
「ま、そのうち思い出すかもね」
くくく、と楽しそうに彼は笑った。
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