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第1話 三十路、街の平和を守ります。
「はあ」
次の家庭訪問先を目指しながら、わたしはため息をつく。
さっきの生徒の家で、体力のほとんどを失ってしまった。
「親がミュージシャン目指していて、困っている」とか、知らねえよ。
わたしは生徒の相談をしているの!
親のことなんていちいち見てられっか!
酒屋さんの看板が見えた。思わず、入りそうになる。ジンソーダとハイボールが、わたしを呼んでいる気がしたのだ。
小学校の先生って、大変だなぁ。生徒は甘やかされて育っているからませているし、最近はPTAも集まりが悪いし権限もいうほどない。
前のパワハラ学校を出たのは、運が良かったのかな? あのあと学級崩壊が起きて、校舎ごとなくなってしまったらしいし。これがいわゆる「追放ザマァ」なのかしら?
まあいいか。次の学校ではうまくやっていこう。
駅前の商店街まで、やってきた。
「ごめんください。わたし、 富小路 リクくんのクラスを受け持っている、橘 三咲といいます」
次の訪問先は、雑貨屋さんか。売り物の髪留め、きれいだな。
「え、三咲?」
レジで頬杖をついていたエプロン姿の女性が、立ち上がる。
「ちょ、アヤコ!?」
ややほうれい線が出ているが、間違いない。彼女は小学校の頃に一緒だった、アヤコだ。
「アヤコが、リクくんのお母さんなの?」
「そうなのよぉ。まだ妹もいるわよ」
「へえ。『男子なんてみんなオッパイ星人でキライ!』っていっていたコが、ママねえ」
「小学校時代の恋愛観よ。今更何を」
「あんたは、そのままを貫くんだと思ってた」
リビングに続く上がりかまちに並んで座り、リクくんの話をちょろちょろとする。アヤコはお店番もする必要があるからだ。
「これ、あんたが作ったの? 昔から器用だったもんね」
わたしは雑貨を見せてもらう。
「それ、息子が作ったの」
「うそ!? だってリクくん、工作の成績めちゃ悪いよ!」
「知っているわ。だってわざとだもん」
冷えたハーブティをわたしのそばに置き、アヤコは言った。
「あの子は、男の子向けの工作なんて興味ないもん。それで、からかわれれていることも」
アヤコが、苦笑する。
「そのことで主人ともケンカして、今や別居よ」
お互いの財政や家庭環境に不満はなく、離婚には至っていない。問題があるとしたら、リクくんのジェンダー関連なのだろう。
「ご主人は?」
わたしは、ハーブティをいただいた。歩き疲れていたから、冷たいお茶が身体にありがたい。
「昔のように、旅をしているわ。どうやって息子と向き合おうか、男親なりに考えているのかも。私と一緒にいるほうが、リクのためだとも言っていたわ」
しかし、リクくんは闇を抱えてしまったそうだ。
「その闇と光の葛藤が生んだ象徴が、これよ」
アヤコがわたしに、髪留めを手渡す。マジックステッキみたいなデザインだな、と思った。
「受け取ってちょうだい。リクの抱えている闇が、本人の知らないところで外に漏れ出しているの」
「ちょっと待って、何を言っているのかわからないんだけど」
「外に出たらわかるわ。あれよ」
駅前にある橋を、アヤコが指さした。
「ひいいい!」
路上ライブをしていた男性の身体が、膨れ上がる。
エリマキトカゲみたいな身体に変化した。
あの服装は、さっき家庭訪問してきた生徒の親に似ている気が。
というか、あの爬虫類顔は、見覚えがあった。
やはり生徒の親だ。
「ブヘヘヘェ。チケットをあげよう。地獄行きのチケットだけどなあ!」
なんなのだ、あれは?
「アヤコ、あれはなに?」
「リクの歪んだ感情が表に出て、人を呪い出したの」
「そんな力が、リクくんにあるの?」
「言っていなかったけど、私たちは魔女の家系なの」
魔女の一族は、力を隠しながら生活をしているという。しかし、一部のものは力を制御できずに外へ勝手に放出してしまうのだとか。
「魔女の瘴気にあてられた人は、自分の本能のままに動くモンスターになってしまうの。それを浄化できるのも、魔女の力だけ」
でも、その力を魔女そのものが使えば、漏れ出た力を悪化させるだけらしい。
中和するには、第三者に力を与えて講師してもらう必要がある。
「つまり?」
「あなたに、その役目を果たしてほしいの。魔女を倒す魔女……魔法少女になって欲しい」
「三十路の女に頼む案件かなぁ!?」
「髪飾りを髪につけたら、変身できるから」
そういわれても……!?
ミュージシャンのモンスターが、小さい女の子を食べようと大きな口を開けた。
「ゆ る さ ん !」
あんな小さい子を、手に掛けようなんて!
「デュワ!」
わたしは、髪留めをセットした!
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