第4話 ミュージシャンの一家 その後

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第4話 ミュージシャンの一家 その後

「くはーっ。ひと仕事終えた後のビールは最高だなぁ」  わたしは、町中華でジョッキをあおる。アテは餃子だけだ。アヤコの子どもたちが待っているから、そう長居はできない。  わたしは、ちょっと早めの夕飯だ。アヤコにとっては、食前酒といった感じである。 「でも悪いね、アヤコ。リクくんと妹ちゃんはいいの?」 「母が見てくれているから。連絡はしておいたわ。子どもたちの夕飯も、頼んでおいた」 「今日は友人と軽く飲んで帰るから、遅くなる」と、家族には伝えているらしい。 「それよりミサキ、私が作った空間に入り込んだ魔女のこと、詳しく聞かせて」 「さっきの魔女、リクくんそっくりだった」  異空間で出会った女性の印象を、アヤコに話す。 「きっとこれだわ。あの子が遊んでいるゲームなんだけど」  リクくんが遊んでいるという3DアクションRPGを、アヤコがスマホで表示した。 「スマホに対応してないゲームだから、画像しか出せないんだけど、これ」  スクショで撮ったらしきアバターを、見せてもらう。 「これこれ! この人が、怪物を凶暴化させてたの!」  リクくんが使用しているというアバターは、まさしく異空間で出会った魔女だった。造形も表情も、寸分違わない。 「でも、リクに聞いたら『勉強していた』って言っていたわ」  彼によると、妹の面倒も見ていたとか。アヤコの母親が付き添っていたらしく、アリバイは間違いない。  では、あの魔女はリクくんではないわけか。彼が操っているわけでもないと。 「無意識に、彼が活動している?」 「その可能性が高いわ。リクね、ゲームは遊んでいるみたいだけど、そこ までのめり込んでいるわけじゃないの。誰かと会うのが目的みたいで」  あれこそ、彼の理想とする姿なのだろう。成熟した大人の女性になりたいと、彼は願っているのだろうか?  小学生の少年が抱いている憧れの存在とは、程遠い。  とはいえ、おそらく彼にとっては、あの姿こそ大切なアイデンティティなのだ。 「人は、何者にもなれるわけじゃない。でも、そんな言葉、今のリクくんに理解できるのかな?」  わたしは背もたれに体を預け、頭をかきむしる。 「でもリクくんすごいよね。魔女として怪物を生み出してる上に、それを倒す魔法少女の力も持っているなんて」 「あの子は、自分を解放したい情欲と、自制心が戦っているんだと思うわ。その願いが、怪物と髪留めなんじゃないかしら。好きに生きたいと願いつつ、彼はそれを悪いことと思っていて、自分を止めて欲しがっている」 「悪いことじゃないと思うんだけどなあ」  今どき、ジェンダー差別なんて声高に語る人のほうが叩かれる。  とはいえ、現状ではむずかしい。  物事の分別がつかない人が集まる学校の中では、彼は窮屈な思いをしているだろう。 「おじさん、この子にラーメンと唐揚げを」  店長に声をかけて、アヤコが席を立つ。 「もう帰るわね。ごちそうするわ」 「いいの?」 「これくらい、かまわないわ。息子を思っていてくれてありがとう。魔法少女、今後もやってもらえるかしら?」 「まあ、おごっってもらっちゃったしね」 「ありがとう。それじゃあ」  アヤコが帰った後、わたしはしょう油ラーメンをすすった。    はあ、生徒と顔を合わせづらい。  生徒の親を、思いっきりシバいちゃったもんな。 「先生!」  ミュージシャンの息子が、給食時にわたしに声をかけてきた。やっぱり怒ってるよね。 「うちの父ちゃんね、今仕事してんの。介護!」  ヘルパーとして働きつつ、高齢者や障がい者にギターを教えているらしい。 「見てみて」と言われたスマホの動画には、生徒の父親が「ゆず」の完全コピーを高齢者に向けて演奏している姿が。  オリジナル以外なら、完璧に引けたらしい。  そうなのか。「音楽で食べていく」と、家族を困らせていたはずだ。どういう心境の変化だろう。 「夢の中で魔法少女に説教されて、気持ちを切り替えたんだって」 「へ、へえ」 「なんかさ、先生そっくりで美人だったって言ってたよ」  鼻をズルズルと言わせながら、少年は父について語る。 「そうなのぉ。よかったねえ」 「でも、先生も説得してくれたんでしょ?」 「ええ? まあ、そうかなあ」 「ありがとうね先生!」  少年は、笑顔でグランドへと駆けていく。  人はなにになるかじゃない。何をするかだ。  わたしは少なくとも、彼にとっては教師らしいことができたのかな。  第一章   三十路魔法少女教師 トキメキューティーチャー・ミサキの爆誕  完!
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